第216話 閉ざされた海路

 マルラナ山脈を目指す前に、まず海路を使ってアシハブア王国へ向かうルートを探ってみることにする。


 アシハブア王国から北方の港湾都市ローエンに向う船は、その途中で物資の補給や交易のために途中にある幾つかの港町に寄港する。確かドラン大平原から北方にも、そうした港町がいくつかあったはずだ。


 ライラを連れて海岸沿いに北上すること三日、俺たちは海辺にある小さな漁村に立ち寄った。


 戦争が激しくなっている時期、旅人が来るのが珍しいのか、通りすがる全ての村人が俺たちに奇異の目を向けてくる。


「こんな時期に子供が旅してるのは珍しいだろうから、まぁ変な目で見られるのも仕方ないか」


 一応、この大陸では成人しているとはいえ、今の俺は16歳のガキでしかない。そんなガキが小さな女の子を連れて歩いているのだ。


 何か事情があっての二人なのだろうと、村の人たちが色々と想像を逞しくするのは仕方のないことだろう。


 家出や戦争孤児にしては、俺たちの身なりや服装は薄汚れていない。どこかの貴族か金持ちの姉弟なのかもしれない。だとすると下手に関わってしまうと厄介なことになるかもしれない。逆に、手厚くもてなせば見返りがくるかもしれない。


 そんな思いが複雑に絡み合って、遠巻きに俺たちにチラチラと視線を送るだけという結果に落ち着いている感じだ。


「あの~。この干し魚を売っていただけますか? お金は持ってます」


 村にある唯一の商店兼食堂兼宿屋らしき建物に入り、俺は主人らしき人にドラン銀貨を見せる。


 このお金は昨晩、俺とライラを誘拐しようとした山賊たちから得たものだ。もちろん山賊から奪ったわけじゃない。それじゃ俺たちが山賊になってしまうからな。


 だからちゃんと、山賊(幼女)たちにはマウンテンベリーの袋を渡して、金貨袋と交換してもらっている。


 そう! これはちゃんとした取引! 等価交換で得たものなのだ!

 

 初老で白髪の交じった主人が、俺の手元にある銀貨を見て目を見開いた。


 俺は食堂にいる数人の村人たちに目を向ける。


「私はマーカス男爵家の嫡男シンイチと申します。こちらは妹のライラ。港湾都市ローエンに向っていたところ、山賊に襲われ、家族バラバラに逃亡する事態になってしまいました」

  

 主人と村人たちが、なるほどそういう事情なのかと納得したような表情を浮かべる。


「こうした場合、家族との約束で、バラバラになった場所からアシハブア王国に戻る船が着く港町を目指すことになっています。ここから近くの港町を教えていただけませんか? よろしければご案内いただけると助かります。そうだ!」


 そこで俺はわざとらしく思い出した素振りで懐から、銀貨を数枚取り出して、店主に渡す。


「父から、親切にしてくださる方には必ず御礼をとキツク言い聞かされております。ご主人、このお金で出来る限り、この店で食事をされる皆さんに振る舞っていただけますでしょうか」


「これだけありゃ、村全員に食事を振る舞えるが……」


 主人の視線が、俺と銀貨と店内にいる客たちへ順番に移っていく。


「お願いします」


「おぉ!」

「貴族の坊ちゃん! ご馳走になるぜ!」

「おい親父! エールだ! エールを出せ!」

「ちょっと、母ちゃん呼んで来る!」

「俺も! 親父と娘を……」

「えらいこっちゃ! えらいこっちゃ! 大宴会じゃ!」

 

 それから半時もしないうちに、食堂……というか宿の中が沢山の村人たちで溢れ返った。


 最初のうちは主人が大忙しで料理を作っていたが、途中から家族やご近所の女性たちが加わって、料理や給仕にてんてこ舞いになっている。


 もう村中の人がこの宿に集まっているのではないかと思えるような、大宴会が始まっていた。


 明らかに渡した銀貨を越えている気がしたので、主人に聞いてみたら、


「この戦争のせいでみんな息が詰まってたんだ。坊ちゃんが景気良く振る舞ってくれたのが良い切っ掛けになっただけだよ。祭りみたいんもんだ。気にせんでくれ」


 気にした俺は、さらに多くの銀貨を主人の手に握らせておいた。


 そのままライラとエールを抱えて、宴会の中に入っていくと、顔を真っ赤にした若者が、俺とライラのために席を開けてくれた。


「よぉ、貴族の坊ちゃん! 今日はありがとうな! 村のみんなでこんなにはしゃげなんて、ホント久しぶりだぜ!」


 若者の言葉に、周囲の村人たちも感謝の言葉を俺たちに向けてくれる。


「なんだったら、家族と連絡が付くまでこの村にいてくれたっていいんだぜ!」

「そうさ、アタイ達も歓迎するよ!」

「なんならずっといてくれ!」

「幼女カワイイ!」


 うん。


 ライラが危険だ。

 

 さっさと話しを聞いて村を出よう。


「家族と合流できた後は、恐らく国に帰ることになると思うのですが、アシハブアに向う船はあるのでしょうか?」


 俺の問いかけに、若者が渋い顔を作る。近くで聞いていた村人も、残念そうな表情を浮かべていた。


「坊ちゃん、残念だけどよ。船で帰るのは諦めた方がいいな」

「そうだな……ここ最近の海は危険だし」

「そもそも船が出てないんだよ」


 どうやら海路は使えなさそうだった。

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