第206話 悪魔勇者との対決

 オーガを追って天幕の近くまで来た俺は、【索敵】マップに表示されている沢山のマーカーの中に、ライラの青いマーカーがあることに気が付いた。


 今のスキルレベルなら、この距離からでも【幼女化ビーム】は天幕全体に届くはずだ。いっそのこと全員を幼女にしてから、後でライラだけ回収して解除すればいいか。


 そんなことを考えて歩みを進めていると、突然、俺のすぐ右前にヴォルちゃんが顕現して、俺の顔に炎を吐きかけてきた。


 ゴォオオオッ!


「ちょっ!?」


 反射的に左に飛んで炎を回避する。


 ザシュッ!


 俺のすぐ右後ろの地面に大きな槍が突き刺さる。


 今のヴォルちゃんの炎は、この槍を避けさせるためのものだったのか。


 だが一体、誰がこんなものを投げて来たんだ?


 その疑問は一瞬で解消された。


 ドォン!


 突然大きな音がしたかと思うと、オーガの手前に土煙が立ち昇る。


 海からくる強い風によって土煙が掻き消されると、そこに一人の男が立っていた。


 続いて天幕の中から、黒い影のような、アメーバのような、不気味な人の形をしたような何かが、わらわらと出てきて男の周りを囲む。


「よぉ! てめぇが俺様の軍団に妙なことしやがった魔法使いか」

 

 俺は唾を呑み込みながら、男の姿を観察した。

 

 黒い髪、黒い瞳、この異世界の住人から見れば平面的な顔立ち。


 まるで帝国の……日本人のような、この男は……


「皇帝セイジュウ……」


「正解だ小僧! 俺は神聖帝国の皇帝にして、この世界を救う勇者様だ! まぁ悪魔勇者とも呼ばれているがな。それだけじゃねぇぞ、俺は……」


 映画のような見せ所は要らない。


 こいつが悪魔勇者ならとっとと【幼女化】して終わらせてやる。


 俺は悪魔勇者が語り終えるのを待つことなく、腕を十字に組んでスキルを発動しようとした。


 だが、


「俺が話してるとき黙って聞けよ。ったく、これだから躾のなってないガキはよぉ……」


 いつの間にか悪魔勇者が目の前に立っていて、


 ゴンッ!


 拳で俺の顔を殴った。


 俺はそのまま後ろに吹き飛ばされる。


「!?」


 そのまま転んで、起き上がりざまに手を悪魔勇者に向けて【幼女化ビーム】を放つ、


 だが悪魔勇者は、素早く横に飛び、ビームを避けた。

 

 俺はビームを出したままで腕を動かし、悪魔勇者に【幼女化ビーム】を放つ。だが悪魔勇者は、信じられないほどの早さで動いて【幼女化ビーム】を避ける。


「くっ! 【幼女化ビーム!】」


「当たらねぇよ」


「【幼女化ビーム!】【幼女化ビーム!】【幼女化ビーム!】【幼女化ビーム!】【幼女化ビーム!】【幼女化ビーム!】【幼女化ビーム!】【幼女化ビーム!】【幼女化ビーム!】」


「だから当たんねぇんだわ!」


 俺の放ったビームは、悪魔勇者に一度も当たらなかった。だが周りにいる妖異や魔族兵には【幼女化ビーム】が命中し、次から次へと幼女へと姿を変えていく。


「はぁ……その芸は飽きたわ。もう動くんじゃねぇ。黙って俺の話を聞きやがれ」


「よ、幼女化……」


「てめぇ、いい加減にしろよ。次にその妙な魔法を使ったら、この女を殺すぞ?」


 悪魔勇者の腕の中に、ぐったりとしたライラが抱えられていた。


「ライラッ!」

 

「おっと、動くんじゃねぇ。余計なマネすんじゃねーぞ」


 悪魔勇者は黒い剣を抜いて、ライラの首元に当てる。


 俺の全身がフリーズした。


「お前のその妙な力、すげー面白しれえよな。どうだ、俺に仕えてみるってのは? それだけの力があるんだ、最初から将軍でも大臣でも好きなポストに付けてやるよ」


 俺の全身はまだフリーズしたままだった。だがフリーズしながらも、小さな声で近くにいるはずのヴォルちゃんに話しかける。


 一瞬でいい。悪魔勇者の気を逸らしてくれと。


 頬に温かい風が吹き付けられる。ヴォルちゃんの了解の合図だ。


「もちろん、この女も返してやるよ。まぁ、右目にある賢者の石は貰うことになるけどな。これがあれば俺はいくらでも妖異を……」


 悪魔勇者がそこで話すのを止めた。


「てめぇ、余計なマネすんなって言ったぞ。聞こえなかったのか?」


 顔を思い切り引き攣らさせた悪魔勇者が、黒い剣を振るう。


「ピギィィッ!」


 黒い剣が振り切られる途中に、ヴォルちゃんの身体が顕現し、


 黒い剣が振り切られた後、ヴォルちゃんの身体が二つに裂けて、空中に無散した。


「ヴォルちゃん!」


「おい。俺は言ったよな? 余計なマネすんなって」

 

 悪魔勇者の顔が怒りに震えていた。その震えはその全身へと広がっていく。

 

「言ったよなぁぁぁぁああ!」


 悪魔勇者が叫びながら、ライラの身体を高く放り上げた。


「俺、言ったよなぁ?!?」


 ライラの身体が落下し始める。


 悪魔勇者は黒い剣をライラに向け、


「この女を殺すって!」


 ライラの身体を貫いた。


「ライラぁぁぁぁぁあああああああ!」


 俺は全力でライラの下に駆け出す。


「【幼女化ビーム!】」


 走りながら放ったビームを、悪魔勇者は横に飛んで回避する。

 

「だから、当たんねーって言ってるだろ!」


 悪魔勇者を追って駆けながら、俺は何度もビームを放つ。


「【幼女化ビーム!】」

 

「【幼女化ビーム!】」

 

「【幼女化ドーム!】」


 ブワッと空気が動いて、周囲の魔族兵が全て幼女に変わる。

 

「おわっ! 奥の手かよ! 今のは危なかったぜ!」


「【幼女化ビーム!】」

 

「【幼女化ビーム!】」

 

「【幼女化ドーム!】」

 

 悪魔勇者を追って戦場を駆け巡っているせいで、俺の体力が限界に近づいてきた。


「はぁ、はぁ、よ、【幼女化ビーム!】」

 

 肩で息をしながら、ついに俺は膝をついてしまう。


「おいおい! もう限界かよ! 体力無さ過ぎだろ現代っ子は!」


 悪魔勇者は俺の前に立ち、黒い剣を俺の首元に向けて言った。


「はぁ、はぁ、よ、よ……」


「だからさぁ。当たらねえっつってんだろ?」


 悪魔勇者が片手で俺の頭を掴み、宙に持ち上げる。


「どうだスゲェ腕力だろ? このままお前の頭を握りつぶすなんてこともできんだぜ?」


 ギリッ!


「うぐっ!」


 頭を掴んでいる悪魔勇者の手を俺は両手で押さえる。


「なぁ、俺に仕えてみろよ。そうすりゃ女なんて、よりどりみどりだ。あんな片目よりも、ずっといい女をいくらでもあてがってやる」


「ぐっ!」


 本当なら、ここで「だが断る」と言って、悪魔勇者がどんな反応をするのか見て見たかった。


 だが頭が痛くてそれどころじゃなかった。


 ので、


 俺は叫んだ。


 それは、俺がこの異世界に来るに当たってエンジェル・キモオタから授かった最初の呪文。


 呪文というかスキル発動のキーワード。


 途中で他のキーワードにエイリアス設定ができるということで【幼女化】にしたけれど、もちろん元のキーワードも有効なままだ。


 ここでもし【幼女化】と叫ぼうとしたら、悪魔勇者がスキルを警戒して飛びのいてしまったかもしれない。もしかすると頭を握り潰されたかもしれない。 


 だが、この呪文なら悪魔勇者は警戒しないかもしれない。


 むしろ耳を傾けてしまうかもしれない。


 俺は頭痛を堪えながらゆっくりと言葉を紡ぐ。


「イェス……」


「あ゛? なんだってイエス? 了承ってことか?」

 

 悪魔勇者の顔がニヤリと歪むのが見えた。


 俺の絶叫が周囲に轟く。


「イェスロリータァァァァ! ノータッチィィィ!」


 ボンッ!

 

 白い煙が立ち昇り――


 海風で煙が掻き消されると――


 俺の目の前に――


 一人の幼女が出現した。


 

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