第204話 ドラン大平原

 オーガの足跡は大きいので、俺にでも容易に見つけることができた。その周辺にはアサシンのものらしき足跡も見ることができた。


 ゴールを目の前にしている彼らからすれば、今更、足跡を隠すつもりもないのだろう。


 俺は馬を駆って後を追った。


 馬の疲れを軽減するために、二頭の馬を交互に乗り換えながら進み続けるうちに、小高い山の上に設けられた砦を見つけた。


 足跡は、その砦に向っていた。


 俺は、フォーシアに倒されたアサシンの灰色ローブを纏う。


「ヴォルちゃん、リヴィがいなくなって大変だと思うけど、守りはよろしくね」


 フォォオッ。


 心地よい熱風が俺のうなじに吹きつけられた。


「行こう……」


(ココロ:ちょちょちょちょ、何しようとしてるんですか? 敵陣ですよ!? 頭おかしくなったんですか?)


(シリル:ココロ、今の田中様を言葉で止めるのは無理です。私たちにできる精一杯の支援をしましょう)


(ココロ:うっ、うん……そうだね。私たち支援精霊だもんね)


 どうやら支援精霊たちを説得する時間は省略できたようだ。


 無茶? そんなの承知だ。


 もしライラが取り戻せなかったら、俺は死ぬ。


 そのとき、無茶しなかったことを後悔するようなハメになったら、俺はもっと死んでしまう。


 自分で言ってる意味は分からないが、とにかく俺は死にたくない! 


 だから行く!


 トコトコトコ……


 俺は灰色のフードを深く被り、馬に乗って砦の門に向う。


「止まれ! 貴様、人間だな! ここに何用だ!」


 オーク兵が槍を向けて誰何してきた。


 俺は灰色ローブを翻してそいつに見せつけた後、深いため息を吐く。


「先にオーガが到着しているはずだが……」


 俺はフードの下から殺意を込めた視線をオークに向けた。


「お、おい、その灰色ローブ……」


 もう一人のオーク兵が狼狽えた。


 槍を向けていたオーク兵が、急に槍を下げて姿勢を正す。


「ほほ、星の智慧派のアサシン様でしたか。ここれは失礼しました。お通り下さい」


「ふん」


 俺は鼻息を鳴らし、そのまま無言で砦の中へ入って行った。 


 視界の【索敵】マップにはライラの青いハートマーカーが表示されている。俺はそれに向って馬を進めた。


 まず見えたのはオーガの背中だった。


 そして背負い籠の中の隙間から、胎児のように身を丸めて眠るライラの姿が見えた。


「ライラッ!」

 

 そして俺は人生最大級の失態をやらかしてしまった。


 俺の声に気が付いたアサシンが、オーガに向って手を振り上る。


「そのままセイジュウ様の下へ走れ!」


 オーガは大きな咆哮を上げると、そのまま砦の奥へ進み、門を走り抜けて行ってしまった。


「敵襲! 敵がしん……」

 

「【幼女化ビーム!】」


 ボンッ!


 アサシンが音を立てて幼女に変わる。


 俺はそのまま周囲にいる敵にビームを照射し、そのままオーガの後を追う。


 門を抜けたところで一度立ち止まり、直進30メートルの幼女化ビームを砦の中に向って照射しておく。


 全ての赤マーカーを幼女にすることはできなかったが、今はライラが先だ。


 俺は砦の門を抜けてオーガを追う。


 オーガが山の頂を越えて姿を消した。その先が下りになっているのだろう。


 俺は馬を駆って山頂へ到る。


 そして、オーガの行く先を見た。


 眼下に広がる広大な平原。


 遥か東に海があるのが見える。


 この大陸の地理に全く疎い俺でも、ここがどこなのかは分かる。


 同じような景色は、他にいくらでもあるのかもしれないが、ここだけは間違わない。


 海側に向けて大地を覆いつくすような大軍勢。

 

 数万……数十万、いや数百万? 余りにも多すぎて数なんて推測できない。


 内陸側にも大地を覆いつくすような大軍勢が対峙している。


 こんな大軍勢が対峙している場所など、今この世界でたった一つしかないだろう。


 ここが――


 ドラン大平原だ。


 


~ ドラン会戦 ~


 目下に広がる巨大な戦場に圧倒され、しばらく呆然としていたが、遥か下方にオーガの姿を認めた俺は、馬を駆ってその後を追う。


 オーガは内陸側の軍勢に向って突き進んでいた。


 方角からみても、そちらがセイジュウ神聖帝国軍なのだろう。


 その最も東側には巨大な陣地があった。ここからだとそこに街があるようにも見える。


 そこにオーガは向っていた。


 つまり、そこにセイジュウ皇帝がいるのだろう。


 俺は馬を駆ってオーガの後を追った。


 奴の手に渡る前に、何としてもライラを取り戻さなければ!


 頭の中はそのことしか考えられなかった。


 だから、向う先に見える軍勢も目に入らなかった。


 いや目に入ってはいるけれど、それはただの背景でしかなかった。


 この瞬間、俺の世界で動いているのはオーガと、


 その背中のライラだけだった。


 ブフォオオオ! ブフォオオオ! ブフォオオオ!


 ドンドン! ドンドン! ドンドン!


 ブフォオオオ! ブフォオオオ! ブフォオオオ!


 ドンドン! ドンドン! ドンドン!


 意識の遠くで、角笛と太鼓の音が聞こえる。


 聞こえたような気がした。


 俺にとって背景でしかない、長大な神聖帝国軍の戦列が微かに震えた。


 震えたような気がした。


 そうしたことは、ほんの一瞬、俺の注意を引いたが、すぐに忘れてしまった。


 今、俺の世界には、オーガとライラしかいない。


 ただオーガの背中だけを見ていた。


 もう俺には、彼我の距離を縮めることしか考えられなかった。


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