第203話 フォーシアの右腕

 数時間の睡眠を取った後、野営をたたんでフォーシアの後を追う。


 短い休憩だったが、体力は完全に回復していた。


 俺は靴の中に疲労軽減のインソールを入れ、腰サポータを巻き、栄養ドリンクとカロリンメイトゼリーをがぶ飲んで出発する。

 

 途中、小さな村で略奪中の神聖帝国軍部隊と遭遇。


 ヴォルちゃんにお願いして、村の入り口に張られている豪勢な天幕に放火。


 魔族兵たちの注目が天幕に向っている背後から【幼女化ビーム】を照射する。【索敵】マップと照合しながら、赤いマーカーに丁寧にビームを浴びせて行った。

 

 もはや作業である。

 

 途中、俺の存在に気が付いて矢を打ちかけてくるものもいたが、いつものようにヴォルちゃんの炎とリヴィの水が防いでくれた。


 もはやファンネルである。


 唯一気を付けていることがあるとすれば、基本的にビームの照射方向を変える時には、手先だけを動かすのではなく、上体ごと向きを変えるようにしていることくらいだ。


 これはヴォルちゃんやリヴィが、俺のビーム方向を予測しやすいようにするためだ。間違えて二人を【幼女化】してしまったら大変だからな。


「【幼女化ビィィィィィム】」


 オプション設定は、これまでと同じく意識継続、効果時間10年。


 全ての敵を幼女にし終えたとき、生き残っていた村人は教会に逃れていた十数人だけだった。


 俺は彼らに村から早く逃げるように言って、それから馬を二頭譲り受けた。


 持ち主は魔族兵に殺されていたらしい。


 俺は馬に乗って、フォーシアの後を追った。




~ 負傷 ~


 フォーシアに追いついたのは、それから二日後。


 山道の途中の開けた場所で、灰色ローブアサシンの遺体を見つけたときのことだった。


 遺体は三つ。未だに死体を見るのにはなれないが、大事な手掛かりを見逃すわけにはいかないので、俺はひとつずつ丁寧に遺体を調べていく。


 それぞれが身体に明らかな致命傷を受けていた。


 周囲を見れば、黒くなった血の跡があちこちに残されている。 


 ここで激しい戦いが行なわれたであろうことは、俺にでも分かった。


「し……んいち……どの?」


 頭上から声が聞こえてきたので、見上げると太い木の枝の上で幹にもたれかかっているフォーシアの姿があった。


「フォーシア!?」

 

 俺が木の下に駆け寄ると、フォーシアはふらふらとしながら木から降りて……


 こようとして途中で落ちた。


「うおぉおおおいい!」


 俺は慌てて真下に入って、フォーシアを受け止めた。


 こりゃ腰が逝くかも……と、覚悟したほどの衝撃はなく、


 フォーシアを受け止めて見れば、エルフの体重はかなり軽かった。


「も、申し訳ございません……シンイチ殿を待つつもりでしたが、敵に気付かれてしまい……」


「フォーシアはよく頑張ったよ! 一人で三人もアサシンを倒すなんて、凄い! フォーシアは凄いよ! さすがミリアの右腕だ!」


「痛っ!?」


「どうしたのフォーシア! って、右腕がパンパンに膨らんでる!」


 フォーシアの右腕が大きく腫れていた。


「オーガに……折られたみたい……です」


「ふおぉおお! どどどどどうしよう? どうしたらいい? コココ、コココココロチィィン!」


(ココロ:ととととりあえず包帯と絆創膏を……)

(シリル:患部を冷やすために氷とそれを入れる袋を……)


 俺と支援精霊の二人はわたわたしながら、ネットスーパーの注文を行った。

 

 数十分後、黒い空間から佐藤さんが現れて注文商品を届けてくれた。


 フォーシアの状況を知った佐藤さんが、スマホで骨折の緊急処置の仕方を調べてくれる。


 その間、俺は注文品のすのこを分解して添木を作った。


「患部は心臓より上にしておく見たいっすよ」


 フォーシアを木の幹にもたれ掛からせ、添木を骨折した腕に巻き付ける。残ったすのこをビニール紐で縛って腕を載せる台を作り、それを木に固定した。


 最後に、フォーシアの腕を台の上に乗せ、氷と水を入れた袋をゆっくりと当てる。


「あ、ありがとうございます」


 先ほどまで真っ青だったフォーシアの顔色が、少しだけ良くなってきた。


 フォーシアに午前ティーを飲ませると、彼女はいつもの落ち着きを取り戻して、ここで何があったのかを話してくれた。


 アサシンたちに追いついたフォーシアは、適当な距離を保ちつつ追跡を続けていた。だが、アサシンたちはフォーシアの存在に気付いていたようで、ここで待ち伏せを喰らってしまったらしい。


 奮戦して三人のアサシンを倒したものの、オーガから強烈な一撃を右腕に受けてしまった。吹っ飛ばされた勢いで、木の上に身を潜めたフォーシアを無視して、彼らはそのままライラを連れて去ってしまった。


「彼らは私に止めを刺すより、ライラ様をセイジューの元へ連れて行くことを優先したようです。彼らの会話を聞く限り、既にセイジューはドラン大平原に到着しているようで、戦いが始まる前に何としてもライラ様を連れて行くと意気込んでおりました」


「ライラは……ライラは無事だった?」


「薬か魔術で眠らされているようでしたが、顔色は悪くありませんでした。アサシンたちはライラ様を生きた状態でセイジューに献上するつもりのようです。少なくとも……それまではライラ様の身は無事だと思われます」


 フォーシアの顔が辛そうに歪む。もしかすると自分のミスで、ライラを取り戻すチャンスを逃してしまったとか思っているのかもしれない。


 俺はフォーシアの頭を撫でた。


「ふぁっ!?」


「ありがとね、フォーシア」


 幼女に対して無双な俺の頭撫でが、フォーシアの頭を撫でる。


 フォーシアのまぶたが、ゆっくりと降りて来た。


「ここまでよく頑張ってくれた。もう十分だ。フォーシアはここで腕を休めて、動いても大丈夫になったらグレイベア村に戻ること」


「そんな……いえ……わた……し……」


 幼女を数撫でで深い眠りに落とす俺の頭撫でが、さらにフォーシアの頭を撫でる。


「ここには……リヴィを残して行くから安心して眠るといい。何かあったらリヴィが守ってくれるし、必要なら起こしてくれるからね」


「こ……へ……いか…」


 スーッ。


 フォーシアがカクンと眠りに落ちた。


「リヴィ、悪いけどフォーシアと一緒にここに残ってくれる? 彼女が無事にグレイベア村に戻るまで護ってあげて欲しいんだ」


 俺の目の前に水の精霊リヴィが顕現して、コクコクと頷いた。


 俺はフォーシアの隣に、ペットボトル2リットル9本入りケース、カロリンメイト12箱パック、ビタミンゼリー24個パック、タオルと、ウェットティッシュと生理用品を置いた。

 

 って、生理用品!?


(ココロ:えっ!? あっ!? いやその、あった方がいいかなって……)

 

 と、とにかく――


 俺は眠っているフォーシアをリヴィに任せて、


 馬に乗り、もう一頭の馬を曳いて、

 

 オーガの足跡を追った。

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