第201話 八つ当たり

 ミリアの右腕であるダークエルフのフォーシアが、突然、俺の目の前に現れた。


 どうして俺がこんなところに一人でいるのかと、美しい眉根を寄せて俺を睨みつける。


 俺のことを心配してくれているからこその怒りだろう。


 それは本当にありがたいことだ。


 だが――


「なんでお前がここにいるんだよ! ライラはどうしたフォーシア! アサシンを追ってたんだろ!」


 俺はフォーシアの胸倉を掴んで、怒鳴りつけた。


 自分でも驚くほどの厳しい口調になった。


 フォーシアは目を見開いて俺の口を両手で塞ぐ。


「ライラ様を攫ったアサシンは、あの魔族兵軍の向こう側です」


 そう言ってフォーシアは北を指差した。


「それが分かってて、どうして追わないんだよ!」


「どうしてって、そこら中に魔獣を連れた魔族兵が警戒に回ってるからですよ! と言いますか、よく魔族兵に見つからずにここまで来れましたね」


 いや……何度も見つかったというか、先に見つけて全部【幼女化】して回ってたんだけど。

 

 俺はフォーシアから手を放し、彼女に無礼を働いたことを謝罪した。


「いえ、お気になさらず。シンイチ殿のお気持ちは分かっているつもりです」

 

「ごめん……それとありがと……」


 俺は凹むときはとことん凹む男だ!


 さっき、思わずのこととはいえフォーシアの胸倉を掴んでしまったことを、今は激しく後悔している。こんな美人の胸倉を掴んで怒鳴りつけるなんて、前世のDT俺だったら、今の俺にツバでも吐くに違いない。


「それでシンイチ殿は、ここで何をしておられたのですか?」


 フォーシアが心配そうな表情を俺に向けて来た。

  

「そうだった! ライラを追わなきゃ」


「では、魔族兵たちが去るのをここで待ちますか?」


「いやっ!」


 俺は気持ちを切り替える。今大事なことは一刻も早くライラを追うこと。


 そして――

 

 神聖帝国軍の連中にはこのやりきれない怒りをぶつけて憂さ晴らしすることだ!


「こいつらはここで壊滅させる! フォーシア、魔族軍の最後尾の連中を煽って注意を引いてくれ! 頼んだぞ!」


 ちゃんと話したところで、どうせフォーシアは引き留めるだろうし、それでも俺は結局、最初の計画通りに行動するはずだ。


「えっ!? はっ!? シンイチ殿!?」


「最後尾で陽動してくれ!」


 だからフォーシアには考える暇を与えず、行動だけを指示して、俺はさっさと魔族兵団の先頭へと駈け出した。



~ 無茶は承知の正面突破 ~


 ゴロゴロ、シュタッ!


 俺は渡河を終えたばかりで、小休止している魔族兵団の戦闘に躍り出た。


「グギッ!? アイツは何だ!?」


 魔獣ジェボーダンに跨っている指揮官らしきオークが、俺の姿を認めて驚いていた。


 ツカツカツカ。


 俺は特に殺気を放つでもなく


「どもども皆さんご機嫌よろしゅう。本日はお日柄もよく行軍には最適ですよねぇー」


 と言ったノリで、実際にそんなことをしゃべりながら、指揮官の目の前まで歩いて行く。


「おい人間! 何用だ! 魔獣の餌にでも成りにき――」


 俺は指揮官の言葉を最後まで聞くことなく、


「【幼女化ビィィィィム】」


 30メートルの光線を左右に振って、丁寧に魔族兵に照射していく。


 ボンッ! ボンッ! ボンッ! ボンッ! ボンッ! ボンッ!


 幼女の間を走りながら照射しているうちに、恐らく三百名はくだらない魔族兵の半数が幼女となった。


 オプション設定は意識継続、効果時間は10年。


 もし神聖帝国軍に従ったことを心から反省し、俺の元に辿り着くことが出来たなら、その時には元に戻してやってもいい。もし、その時の俺が【幼女化解除】できるようになってたらだけど。


 突然の出来事に、周囲の景色の突然の変化に動揺している魔族兵たちの中を、正面から突き進みながら俺は第二射を放つ。


「【幼女化ビィィィィム】」


 シュッ!


 シュバッ!


 誰かが矢でも放ったのだろう。俺の前方で何かが燃え上がって落ちた。


 俺はヴォルちゃんとリヴィの護りを信じて、そのまま突き進む。


 ボンッ! ボンッ! ボンッ! ボンッ! ボンッ! ボンッ!


 【索敵】マップに青いマーカーが表示されているのが見えた。フォーシアだろう。


 俺はそのマーカーに向かって走り出す。


 フォーシアも俺の指示通り、彼らを煽ってくれているようで、残る魔族兵の半分はフォーシアの方を見て、俺に背を向けていた。


「【幼女化ビィィィィム】」


 三度目の【幼女化】で、魔族兵団は壊滅した。


【索敵】マップでは、周囲に散らばっていた赤マーカーが次々とこの場から離れて行くのが見える。


「はぁ……はぁ……まさか、こんなことをしながら追ってきていたのですか」


 フォーシアが俺の元に駆け寄ってきて、息を切らしながら質問してきた。


「こんなに多い数を相手にするのは初めてだよ。でもまぁ、やればできるもんだね」


 フォーシアが、まるで狂人の顔でも見るかのような呆れた表情で俺を見た。

 

 まぁ、今の俺は狂人なのかもしれない。


 今は、何よりライラのことで頭が一杯だし、他のことなんて魔族兵に八つ当たりすることしか考えられない。もちろん、目の前に妖異がいたら問答無用で即殺だ。


 周囲は、大混乱している幼女たちで溢れている。


 フォーシアは、幼女たちを見回した後、俺の顔を見る。


 この幼女たちをどうするのかを問うているのだろう。


 だが俺は、フォーシアの問いを無視して言った。


「さぁ、ライラを追いかけよう!」


 そして数百人の幼女を残して、


 俺たちは北へ向う。  


 ライラを取り戻すために。

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