第200話 水色のハートマーク

 佐藤さんのお昼休みが終わって、ネットスーパーの黒い空間が閉じた。


 その時点で、まだ特選握り30貫パックは半分くらい残っていた。


 まだ食欲はあるけれど、さすがに量が多過ぎたかもしれない。


 俺はノンアルコールの缶ビールを開けながら、ちびちび飲み食いモードに切り替える。


 焚火の中に、ネットスーパーで注文したお線香をひとつかみ投げ入れる。


 金木犀の良い香りが周囲に広がると、ヴォルちゃんが姿を顕現して、口から小さな炎を吹いて喜んでいた。


 百均で買ったカップを取り出して、その中に富士山天然ミネラル水を注ぐ。


 リヴィが実体化して、その中で水浴びを始めた。


 黒髪で顔が隠れているので表情はわからないが、その雰囲気から彼女が喜んでいることが分かる。


 それにしてもワンピースのまま水浴びするんだな。


 水に濡れてるのに透けないのは、なんというか残念だ。


 ピュッ!


「ぶはっ!?」


 リヴィが俺の顔に水を飛ばしてきた。


 びしょ濡れになった俺の顔を見たヴォルちゃんが、口から炎を断続的に吹き出している。


 ブヴォヴォヴォヴォ!


 ヴォルちゃんに笑われた。


(ココロ:セクハラ禁止!)

(シリル:いつかライラさんに報告できるよう記録はとってある)

(ちょっ! それはやめて!?)


 かように、何かと騒がしい夜を俺は過ごしている。


 だが傍目から見たら、焚火の前で独り言をつぶやきながら、一人ではしゃいでいる怪しい奴にしか見えないだろう。


 そう考えるとちょっと凹むな。


 だがアサシンたちが進んでいるのは、ほぼ山や森の中。この追跡で、人と出会うようなことはまずない……だろう。たぶん。


 特選握り30貫パックをなんとか食べきって、満腹なった俺は、葉を磨いてからネットスーパーで買ったばかりのタオルケットにくるまって眠った。




~ 敵軍発見 ~


 数時間ほど眠ってから目を覚ますと、周囲に朝の光が差し込み始めていた。

 

 俺は野営をたたんで、アサシンたちの追跡を開始する。


 彼らを追跡しているフォーシアが様々な場所にサインを残してくれていた。


 木に進行方向を示す傷、小石の石組み、草の結びなど、発見してみればそれとわかるサインだが、正直、もし俺一人だったら、どれひとつとして気付くことは出来なかっただろう。


 だがダークエルフのフォーシアは、彼女と共にある精霊の力を使って精霊痕を残してくれていた。これはその名の通り、精霊の足跡のようなものである。


 その精霊痕をヴォルちゃんとリヴィが感知して、サインのある場所に俺を誘導してくれているのだ。


 シュウゥゥ!


 川沿いを北上していると、突然、リヴィが俺の目の前に顕現した。


 両手を重ねるようにして、何度も口元に当てている。


「静かにしろってこと?」


 うんうんと、リヴィが頷いた。


【索敵】マップには敵影らしきマーカーは表示されていない。


 だが、リヴィが俺に静かにしろと言っているのだから、何かしらの危険があるのだろう。


 リヴィは、俺に腰を低くしてついてくるように、仕草で示した。


 リヴィの言う通りにして、身を潜めながらしばらく進んでいくと――


「おらぁ! 進めぇぇ! たらたら歩いてるんじゃねぇぞぉ!」


 川を渡河している魔族兵の集団を発見した。


 なるほど【索敵】マップの範囲外だったからマーカー表示はされなかったのか。


 今は、それこそ無数のマーカーが【索敵】マップに表示されていた。


 マップは赤のマーカーで満たされている。


(ココロチン、この赤マーカーって俺に殺意を向けていたり、俺にとって危険な存在だった場合の色だよね)


 今のところ奴らは俺の存在に気が付いていない。ということは、俺にとって命の危険がある存在ということになる。


(ココロ:はい。例えば妖異や人食いの魔物、殺人狂のように見境なく殺意を向ける者など、田中様個人というより人間が出会ったら危険なものも赤マーカーで表示されます)


(分かったよ。それと、これは相談なんだけど、ライラだけハッキリと分かるようにマーカーを変えることはできる? 例えば水色のハートマークとか?)


 ライラの目の色に合わせてマーカーの色を水色にした。ほんとはターコイズブルーなんだけど、まぁ、そこは妥協しよう。


(ココロ:それならすぐにできますよ)

(シリル:設定しました。ライラさんがいたらマップに水色のハートマークで表示されます)

(二人とも、ありがとね)


 俺は改めて【索敵】マップを確認する。


 そこに水色のハートは表示されていない。


 紫色のお化けマークもないので、妖異もいないようだ。


 よし、ならば問題ない!


「行くぞ!」


 俺はヴォルちゃんとリヴィに声を掛けると、渡河し終えた魔族兵の先頭に向って移動を始めた。


(ココロ:ちょっ、何をする気ですか!?)

(シリル:魔族は二百……いえ三百人はいますよ!?)

(何するって……)

 

「何するに決まってるだろっ!」


 そう言って俺が飛び出そうとしたところで、視界の【索敵】マップに、黄色マーカーが現れて接近してきた。


 敵か!? と思ったが、ヴォルちゃんやリヴィが騒いでいない。


 とすると――


「シンイチ殿! こんなところで何をしてるんですか!」


 必死さの籠ったひそひそ声で語り掛けてきたのは、ダークエルフのフォーシアだった。


 彼女は柳眉を逆立てて、俺を睨みつけている。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る