第197話 ライラの追跡

 グレイベア村から西に広がる深い森。


 その中をずっと進んだ奥に、綺麗な水が湧き続ける小さな泉がある。


 ライラがシルバーリーフの群生地を発見したことから、銀の泉と呼ばれるようになった。


 その銀の泉が、今は血に染まっていた。


 遺体があちらこちらに転がっている。


 遺体の中には、ゴブリン、オーク、魔獣ジェヴォーダン、そして……


 コボルトたちのものがあった。


 トリフィンが遺体を確認しながら、ぶつぶつと独り言をつぶやくのが耳に入ってきた。


「ここで戦闘……最初に気付いたのはライラ様、ここでゴブリンの首を折って、魔獣ジェボーダンに一撃……槍をお使いだったのですか。そのままジェボーダンに乗って首に……短剣で一撃、二撃……かなり暴れていたはずなのに、ライラ様、なんという体幹の持ち主でしょうか」

 

 そこでトリフィンの目が俺の視線とぶつかる。俺は小さく頷いて、彼女に推測を続けるように促した。


「ジェボーダンに致命打を与えたライラ様は、獣を放置して、ここでオークを仕留め、それを見て逃げ始めたゴブリン……ライラ様は、ゴブリンに追撃しようとして……」


 そうしてトリフィンは少し森の奥へと進んで行った。


「ここで足を止めた。どうして? コボルトたちを放っていけないから。そしてコボルトたちの方を振り返ると……」


 トリフィンがまた泉に戻ってきた。


「コボルトたちは倒れていた。全員。喉を切られていた。誰が? 足跡がない……そんなことができるのはラミア、ホビット、ハーピー、いえ、この殺し方は……」


 トリフィンが俺の目を見つめて、ゆっくりとその言葉を口にする。


 その言葉を俺も同時に口にした。


「「アサシン……」」


 顔から血が音を立てて引いて行くのが分かった。


「まさかライラはアサシンに……」


「待ってください」


 俺の言葉を遮って、トリフィンが再びライラが足を止めた場所に戻り、その周辺を探り始めた。


「ありました。ライラ様はここで何者かと戦い……奮戦した……でも勝てなかった、何故なら……」


 トリフィンが見つめる先を見て、俺は息を呑んだ。


 そこにあるのは、俺でも分かる足跡だった。


 岩トロルのものだ。


 そして、そこから先のことは、俺でも分かる。


 岩トロルの足跡がずっと先にまで続いていた。


 途中、草が踏み潰され、木が打ち倒され、森の中に道が出来ていた。


「ライラは岩トロルに捕まったんだな」


 岩トロルに掴まれとしたら、人間の身体なんてバラバラにされるんじゃないだろうか。


 そんな考えが頭を過る。

 

 俺の足がまた震え出した。


 震えが激しくなる前に、ラモーネがさっと俺をお姫様抱っこする。


 そして目の前にいるトリフィンが、目に力を込めて俺を見つめて言った。


「はい。ですが、これでライラ様の後を追うのが容易くなりました」


「そうですよ。ミリアたちがライラ様の後を追っているなら、きっと大丈夫ですよ。私たちも急ぎましょう!」


 ラモーネが俺を励ましてくれた。ミリアたちなら大丈夫な理由はよく分からないが、確かにミリアたちなら大丈夫な気がする。


「よし! この足跡を追って行こう!」


「「はい!」」




~ ミリアと合流 ~


 岩トロルの足跡を追って二時間後、俺たちはミリアたちを発見。


 ミリアとドラゴンシスターズメンバーの全四人が、首を落とされた岩トロルの前で倒れていた。


 その全員が瀕死に近い酷い状態だ。

 

「ミリア!」

 

 俺は岩トロルの足にもたれかかっている彼女の元へ駆け寄った。


「シ、シンイチ殿……申し訳ございません。ライラ様を目の前にしながら、アサシンに連れ去られてしまいました……」


 ミリアが身体を起こそうとするのを制して、俺は端的にライラの居場所だけを答えるように言った。


「ドラン……セイジュー皇帝が決戦のため……ドラン平原に向っ……」


 ミリアが苦しそうに息を切らしながら答える。

 

 見ていてとても痛々しい。


 んっ?


 そうだ! 幼女にしちゃえば良いんだ。


「あっ、ごめん! ごめん! 【幼女化ビーム】!」


 俺はミリアとドラゴンシスターズのメンバー全員に【幼女化】をかけた。


 ボンッ! ボンッ! ボンッ! ボンッ!


 たちまち四人の幼女が出現した。


「「「「なっ!?」」」」


 四人全員が初めての【幼女化】だったのだろう。


 全員、かなり狼狽している。


 こういうこともあるから、常日頃から【幼女化体操】に参加するよう言っていたのになぁ。


 普段から幼女になる努力を重ねていれば、いざ幼女になったときに戸惑うことはないのだ。


 努力は幼女を裏切らない。


 最初に混乱から立ち直ったのは、ダークエルフのミリアだった。さすがはドラゴンシスターズのリーダーである。


「シンイチ殿。セイジュー皇帝が、人類軍との決戦のためにドラン平原に向っているそうです。アサシンたちは、ライラ様を直接セイジュー皇帝に献上するつもりです」


 ドラゴンシスターズの幼女の一人が、ミリアの話を補完する。


「アサシンの一人が決戦のためにライラ様の右目が必要だと、そのようなことを申しておりました」


 ライラの右目!? 奴らは賢者の石を狙っていたのか。


 それにしても、どうしてライラの右目に賢者の石があると分かったのだろうか。


 いや、ミリアも自分で調べてライラの右目の秘密に辿り着いたのだから、他のアサシンにも同じようなことができるというのを想定しておくべきだった。


 奴隷の中にスパイがいたのかもしれない。


 イゴローナックル戦の後に、逃げ出した金髪金眼の奴隷がいたことを思い出した。


 あの女がライラの右目の秘密に辿り着いたのかもしれない。


 奴隷を受け入れるのは危険だとミリアは警告していた。


 その話を聞いたときには、いくらなんでも考え過ぎだと、俺は心のどこかで思っていた。


 だが、彼女の方が正しかったのかもしれない。


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