第198話 幼女がポツンと立っている
ダークエルフのミリアは、ドラン平原で会戦があるという噂を半年前から聞いていたらしい。その報告を俺も受けた記憶がある。
ライラを連れ去ったアサシンたちは、その情報に裏付けを与える話をミリアたちにしていたらしい。
「あははは! この女はドラン平原でセイジュー様に献上する! お前らは岩トロルに踏み潰されるが良いわ!」
岩トロルによって、瀕死の状態に追い込まれたミリア達の死を確信しての発言だったのだろう。
ほんと、慢心は駄目。絶対だな。
まぁそのおかげで、ライラが連れて行かれる場所が分かったわけだが。
俺はグッと両の拳を握り、腹に力を入れる。
腹を決めたのだ。
ラミアの二人に俺は最後の指示を出す。
「トリフィン、ラモーネ、四人を抱えて地下帝国へ向かってくれ! これは命令だよ!」
「「は、はい!?」」
俺が「命令」なんて言い出したので二人が慌てて姿勢を正した。
「この四人は本当は重傷なんだ。1日経てば【幼女化】が解けてしまう。そのときには彼女たちは地下帝国の診療所にいて、直ちに治療が受けられるようにしてくれ」
トリフィンが不安そうな顔をして、俺に尋ねる。
「しかし、それではライラ様の捜索が……」
「この先は俺一人で行く!」
ビシッと決め顔をした後、俺はニヤッと笑って言った。
「まぁ、正確にはルカちゃんに預けられた精霊たちと一緒なんだけどさ……」
「しかし、ドラン平原に向うのであれば、かなりの旅路になります。いくら精霊が付いているとはいえ、お一人で旅となると危険なのは勿論ですが、色々と大変ですよ。旅に慣れた者ならともかく……」
俺は足元から太い木の枝を拾って、それをトリフィンに向ける。
「ヴォルちゃん! 松明よろ!」
そう俺が言うと、手に持った太い木の枝の先が燃えだした。
火の精霊ヴォルカノンが燃やしてくれたのだ。
燃えた太い木の枝を、俺の頭上に高く投げ上げる。
そして太い枝が真っ直ぐ落ちてくるのを見計らって、精霊に声を掛けた。
「守って! リヴィ!」
ビシュッ!
落ちてくる途中で、水球が現れ太い枝を弾き飛ばした。
地面に落ちた太い枝は水にぬれて、その火も消えていた。
俺はトリフィンの方を向いて言った。
「まぁ、とにかく俺は一人じゃないんだよ。ヴォルちゃんやリヴィは、俺を飛んで来る矢から守ってくる。他にも俺には見えない精霊がついていて、危険な敵の存在を知らせてくれるんだ。例えば……」
ミリアと合流したときから【索敵】マップに映っていた赤いマーカーに、俺はおもむろに【幼女化ビーム】を放つ。
ボンッ!
十メートルほど先の茂みの中で音がした。
「ラモーネ、連れて来て!」
ラモーネが俺の言葉に従って、茂みの中に入り、幼女を抱えて戻ってくる。
それを見てトリフィンと四人の幼女が驚いていた。
「ねっ? 隠れた敵がいても、こうして俺にはわかるんだ」
ラモーネが幼女(アサシン)をつまみ上げながら、
「この者……おそらく岩トロルがミリアたちをちゃんと殺したか、それを確認するために残っていたのでしょう」
と言うと、幼女(アサシン)が俺に向って叫んだ。
「この邪教の魔法使いめ! わたしを元に戻せ!」
混沌の信徒なぞに邪教徒呼ばわりされても、まったく気にならない。
だが魔法使い呼ばわりだけは、絶対に許さん!
真実は人を傷つけるんだよ! 前世の真実だけどな!
「よし、わかった。お前をラーナリア正教の司祭に突き出して、これまで殺してきた全ての殺人の免罪符を俺が買ってやる。こう見えて俺は大金持ちだからな。お前が何万人殺していようと、すべてラーナリア女神の許しを乞う金は持っている」
ちなみにラーナリア正教に免罪符なんてものはない。ハッタリである。
「なっ!? なんて卑劣なマネを!」
「さらに教会に金を注いで、お前を聖人の列に加えてやるよ。よかったな! これでラーナリアの楽園の特等席にお前は迎え入れられることになる!」
「き、貴様あぁぁぁあ!」
うん。こいつはアホだな。もしかすると、それでここに残されたのかもしれない。いや、普段は優秀なのかもしれないが、こと信仰の話になるとIQが0になるパターンかも。
それなら――
俺は嘲るような口調を、真面目モードに切り替えた。
「もしお前が俺のたった一つの質問に答えてくれたら、ラーナリア正教に差し出さず、お前を逃がしてやってもいい。ちなみに俺たちは質問の答えを既に知っている。お前の答えが同じか確認したいだけだ」
「……」
幼女は沈黙している。
俺は幼女の肩を掴んで、ゆっくりと問いかける。
「では尋ねる。誘拐した女はどこに連れ行く?」
「……」
幼女は沈黙している。
「ドラン大平原か?」
「……」
幼女は沈黙している。
水の精霊リヴィエールが俺の耳元で「動揺してる」と囁いた。
「それとも神聖帝国か?」
「……」
幼女は沈黙している。
リヴィが俺の耳元で「ちょっと喜んでる」と囁く。
他にもいくつか適当な場所を上げてみたが、幼女が動揺したのはドラン大平原のときだけだった。
「わかった、降参だ! 沈黙を守り抜くなんてお前の信仰の深さは大したものだよ。お前の勝ちだ、お前を逃してやるよ」
幼女は俺の言葉に驚いたように目を見開いた。
ミリアたちも同じように驚いている。
俺は幼女の肩から手を放す。
その際に、小さな声で【幼女化】を掛けた。
重ね掛けされた内容は効果時間10年。意識幼女化。
手を放した時には、ただの幼女がポツンと立っていた。
悪いな。だが約束は守る。
逃がしてやるよ。
「……」
幼女がポツンと立っている。
立って俺を眺めている。
「どうした? 逃げていいんだぞ?」
「……」
幼女がポツンと立っている。
立って俺を眺めている。
幼女が泣きそうな顔になった。
「はああぁぁあああ!」
俺は盛大に溜息を吐いた。
こりゃ駄目だ。
意識まで幼女にしちゃったら、もうこれはただの幼女でしかない。
戦闘中ならまだしも、直前まで会話を交わしてしまった相手である。
このままここに放置したら、確実に野獣の餌食だろう。
「はああぁぁあああ!」
俺はもう一度、盛大に溜息を吐いた。
「俺たちのところにくるか?」
幼女は、一瞬、俺を見て、それから他の幼女(ドラゴンシスターズ)をチラッと見た。
コクコクと小さな頭を上下させて頷く。
「コイツを頼む」
「御意」
幼女をラモーネに預けた後、そこで皆と別れ――
俺は一人、ドラン平原を目指した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます