第191話 アシハブア王国との交渉
ステファン・スプリングスは、俺たちの中で唯一の元貴族社会にいた人間だ。かつては貴族の嫡男であり、冒険者としても活躍していた。だが、ゴブリン相手の戦闘で油断してしまい、彼のパーティは当時奴隷だったライラ一人を除いて全滅してしまう。
そして彼のパーティには家同士でも付き合いのある女戦士が参加していた。ステファンは彼女を死なせてしまい、自分の顔に傷を負い、さらに左腕の肘から先を失ってしまう。この失態によってスプリングス子爵家は、その家督を彼の弟に継がせることに決めた。彼は実質的に勘当されてしまったのだ。
このようにハードな経歴を持つ彼だが、現在ではマーカス男爵の領主代行という地位を得て、ミチノエキ村の統括責任者として活躍している。
冒険者としてブイブイ言わせていた頃の彼は、王都で活動することも多かった。身分の高さから、貴族や王族の依頼を受けることもあり、信頼も得ていた。そのため彼らの中には、彼の悲劇に同情を寄せる者も少なくない。
その時の人間関係を活かして、ステファンはタヌァカ五村のために、定期的に王都に出向いては様々な工作や交渉を行ってくれている。
地位的には微妙な立場だが、ステファンや俺たちにはルカ資金という莫大な金の力がある。そもそもマーカスが男爵に成れたのも、ステファンが王族や貴族に金をバラ撒いて買ったようなものである。
そして今日、ステファンが王都へと出向くのを見送るために、俺はコボルト村に来ていた。
「今回の王都出向は、俺たちの天王山だね」
「テンノーザン? あぁ、確かに今回の交渉は、グレイベア村の存在を王国に認めさせる重要なものになると思います」
「もしかして国王と謁見したりするの?」
「まさか。交渉に当たるのは内務大臣と軍務大臣です。彼らにグレイベア村の有益性を了解してもらえれば、宰相を通して国王の承認を得るのですが、あくまで書面状のやりとりで、国王との謁見はないでしょうね」
「こんなデッカイ土産を持って行っても、国王には会えないのかぁ」
そう言って、俺は荷馬車に積まれた巨大な
巨人の手のような形をしたそれは、一昨日の女神クエストで討伐した深淵の黒腕の首である。
その顔に当たる部分には、鋸刃のような牙が並ぶ悍ましい口が開いていた。口の少し上、人の手で言えば人差し指と中指の付け根に当たる部分には、鮫を想起させる小さな目がギョロリと開いている。
グレイベア村が王都の北東にあって、アシハブア王国に侵入してくるセイジュウ神聖帝国の妖異や魔物と戦っていることは、ステファンがこれまでの交渉で王国に報告している。
今回の交渉では、その実物を持って王国に迫る脅威を理解させることが目的のひとつだ。
「本当なら、全身を持っていければ凄いインパクトなんだけどなぁ」
妖異の身体があまりにも巨大なので、何とか荷馬車に乗せることができたのは首だけになってしまった。
「これでも十分インパクトありますよ。こいつの侵入を防いでいるのがグレイベア村だと認識させることができれば、王国も無下にはしないでしょう」
「それにしても、わざわざこんなの見せないと妖異の脅威が理解できないなんて、王国の連中も危機感無さ過ぎるよねぇ」
「危機感が無いのは同意ですが、実のところ、妖異を見たいと言い出されたのは王国の第三王女なのです」
「へっ!? 王女様が?」
「はい。カトルーシャ第三王女殿下です。実はこれまでも殿下からは、私の交渉に色々と助力を戴いておりまして、今回の妖異の持ち込みも、殿下の提案によるものなのですよ」
王女様との繫がりもあるなんて、さすがステファン、今度、王女の写真を撮ってきてもらおう。
「なんというか好奇心旺盛な方なので、単に妖異を見て見たかったというだけかもしれませんが」
そんなことより王女が美人かどうか聞きたかったが、ステファンに呆れられそうだったので、それは呑み込んだ。
「そういや、フワデラさんたちも一緒なんだよね。王都で合流するんだっけ?」
今回の交渉では、グレイベア村の統括責任者としてフワデラさんも王都へと出向くことになっている。先に王都に入って、ステファンたちが到着するのを待つらしい。
鬼人族は魔族に分類されているものの、人間に近い外見を持っていることもあって、亜人や獣人と同じように見なされている。そのため王国内でもそれほど目立つことなく行動することができるらしい。
「シュモネー夫人とお子様たちもお連れになられるようで、家族旅行のようなものだと笑っておられましたよ」
「いいね、家族旅行。ステファンも一緒に楽しんでくるといいよ」
そう言うと、ステファンは苦笑いを浮かべた。
「無事に交渉が終わるまでは胃が痛くて、楽しめそうにありません」
「ははっ、そりゃそうか。でも、あんまり気負わないでね。もし交渉が決裂しても、グレイベア村は何とかなる。もし王国と戦うことになっても、そのときは俺が全員幼女にしちゃうから!」
そう言って俺は、ステファンにサムズアップした。
「ははは……」
ステファンは相変わらず苦笑いのまま、右手で胃のあたりをマッサージしていた。
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