第190話 恐怖のアイアンクロー
試験農場での実験の結果、ルミナスグレイン、スターベリー、ゴールデンルーツの三つの作物が、このグレイベア村と地下帝国での栽培に適していることが判明した。
スターベリーは星型をしたブルーベリーのような果実。
一年中収穫が可能で、特に夜間の成長が旺盛。日光がほとんどない場所でそれなりに育てることができる。味はブルベリーと似ているが、より甘味が強い。
ゴールデンルーツは地中で成長する金色の根菜。
見た目はゴボウのような形状だが、煮るとジャガイモのような食感になる。速成性があり、魔力が込められた堆肥を使うことで約一カ月で収穫することができる。
この二つの作物は、地下帝国の僅かな日光でも栽培が可能なので、各階層で縦穴の周囲に畑を設ける予定だ。
ルミナスグレインは地上での栽培に適しているため、グレイベア村の北と北西方面を開墾することになった。ルミナスグレインには僅かながら魔力が含まれているため、後で肥料にしてゴールデンルーツの栽培に利用することもできる。
開墾に当たっては、元奴隷と魔族の共同で作業に当たってもらっている。
現在、グレイベア村と地下帝国にいる人間は、コボルト村時代からの住人を除けば、ほぼ全員が戦争難民と、神聖帝国軍によって捨てられた奴隷たちだ。
彼らは戦火を逃れてきた人々である。自ら望んでこの地に来たわけではない。
とはいえ、他に行く場のない彼らには、少なくとも戦争が終わるまでの間は、この地が安住の場所であることは間違いない。
戦争が終わったとき、もし彼らが故郷に帰ることを望むのであれば、そのための援助を惜しまないつもりだ。そのことを彼らも承知しているので、グレイベア村や地下帝国の安寧を乱すようなことはしない。
だが、それでもトラブルはしょっちゅう起こる。
それは主に種族間に起因する揉め事だ。
「おらぁぁぁあああ! このトカゲ野郎がぁぁぁ! 人間様を舐めんじゃねぇぇええ!」
グレイベア村北の開墾地で、リザードマンに飛び蹴りをくらわしている男が典型例である。
飛び蹴りを喰らったリザードマンは、元々身体が大きく頑丈だったことと、こういうこともあろうかと皮鎧を着用していたため、全くダメージを受けていないようだった。
一方、飛び蹴り男は、そのまま地面に頭から落ちてしまい、フラフラしながら立ち上がろうとしている。
「ちょっと! 喧嘩なんかしてないで、さっさと土を掘り返しなさいよ!」
開墾作業の監督に来ていたホビット族のルルゥが声を張り上げた。
「ムゥ、スマナイ……」
被害者であるリザードマンが、ルルゥに向ってペコリと頭を下げる。
おいおい、お前は全く悪くないのに……。
ふと、俺の前世のサラリーマン時代の自分の姿が、彼に重なった。
「てめぇ……よくもやりやがったな! 兄貴の仇だぁぁぁあ!」
オラァァ! と叫びながら、再びリザードマンに蹴りを繰り出そうとした男を、
「【幼女化ビーム】(意識継続:3日間)」
ボンッ!
と、俺が幼女に変える。
「コウテイ、アリガト……」
リザードマンは、俺に向ってペコリと頭を下げた。
俺は彼の肩をポンポンと叩いて労う。
「畜生! 掛かってこいや! トカゲ野郎!」
幼女になっても、リザードマンに飛び掛かろうとする飛び蹴り男の襟首を、ルルゥが引き掴んで俺の前に引っ立てる。
ルルゥと幼女の背丈は、ほぼ同じなので、なんだか幼い姉妹の喧嘩のように見えなくもない。
いや、見えないな。
というのもホビット族のルルゥは、ロリババアならぬロリ巨乳。恐らくホビット族では超巨乳の部類に入るだろう。彼女の年齢を知った上でバストに注目してしまうと、ロリな見た目なのに巨乳という不思議なマリアージュで頭がフットーしそうになる。
いや、そんなことを真剣に考えている場合じゃないな。
「このババア! 放せ! 放しやがれ!」
「誰がババアかな? 誰が? お姉さんって言えないのかなぁ?」
飛び蹴り男は俺よりも年上に見えるが、普段からルルゥの監督下で作業しているせいか、彼女をババア呼ばわりすることに抵抗がないようだ。
ルルゥとは試験農場が出来るまでほぼ接触がなかったので、今の俺の目にはロリ巨乳にしか見えない。だが彼女は俺よりも年上だし、既婚者だし、子供もいるのだ。
これまでの会話の中でも年相応の離し方をしていることから、俺もそのうちルルゥのことをオカンとか呼ぶようになるかもしれん。いや気を付けよう。
「グギギギギ! 痛ぇええぇ!」
「お姉さんって言ってみ! 言え!」
ホビットの大きな手が飛び蹴り幼女の顔面にアイアンクローを決めていた。幼女の身体をそのまま片手で持ち上げている。
うん。気を付けよう。
そのまま飛び蹴り男は、幼女強制収容所送りになった。
これと似たようなトラブルが、最近、グレイベア村と地下帝国で頻発している。
戦争難民は魔族と接するのが初めてという者が多く、元奴隷たちは神聖帝国の魔族兵に対する恨みから、魔族に対して敵愾心を持つ者が多い。
彼らとて、地下帝国に住むにあたって魔族との生活を共にすることを受け入れたはずなのだ。だが偏見や無理解というのは、一朝一夕には消えない。ちょっとしたことが原因で、感情が爆発してしまうこともあるのだ。
「やれやれだぜ……」
ルルゥにアイアンクローされたまま連行されていく飛び蹴り男を見送りながら、俺は本当に本当のやれやれな溜息を吐いた。
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