第192話 神聖帝国の差し金

 ステファンとフワデラ夫妻が王都へ行っている間、グレイベア村とミチノエキ村のフォローのために、多くの人々の手を借りることとなった。


 タクスは絵師の仕事を一時的に休み、元海賊仲間と共にミチノエキ村に出向いて、ステファンから託された村の統括責任者代行としての仕事を頑張ってくれている。


 セイジュー神聖帝国軍への警戒は、6人のラミア女子たちがチーム「ラミアーズR」を結成し、グレイベア村周辺のパトロールを行なってくれていた。


 どちらかというと地下に引き籠るのが好きなグリフォンのグリっちも、毎日のようにグレイベア村の周辺を飛び回っている。


 またリーコス村のヴィルフォファング村長も、彼らの哨戒範囲を広げてグレイベア村のフォローに当たってくれている。


 他の住人たちも、それぞれの立場で出来る限りのことをしてくれているようだった。


 俺はと言えば、ルカやグレイちゃんと一緒に、ほぼ毎日のように女神クエストをこなしていた。


(何だか最近やたらと女神クエストが多くなくない?)


(ココロ:確かにそうですね。まぁ、ほとんど雑魚ばっかりですが……)


(シリル:雑魚といっても、それは田中様にとってはというだけ。どの妖異も魔物も危険なことに変わりはない)


(まぁ、そうなのかもしんないけど。気になるのは、最近の妖異たちって……)


(ココロ:明らかに田中様を狙ってきてますね)


 そう。最近の妖異たちは、明らかに俺のいる場所へ向かっている。というか、恐らくグレイベア村に向っている。


 何故、それが分かるのか。


 簡単な話で、女神クエストの情報を定期的にチェックして、彼我の距離を見るだけのこと。


(えっと、まだ未受注のクエスト出してもらって良い?)


(ココロ:了解しました。女神クエストの一覧を表示します)


 視界に表示された女神クエストの中から距離に注目してみる。


≫ 緊急女神クエスト:妖異 森の黒山羊の狩猟

≫ ここより西80km地点に森の黒山羊が確認されました。

≫ 緊急女神クエスト:妖異 深淵の黒腕の狩猟

≫ ここより北西40km地点に深淵の黒腕が確認されました。


 俺はメモ帳を開いて、今朝記録した数字と比較する。 


(これって朝に見た時は82kmと50kmだったよね)


(ココロ:はい。着実にこちらに向ってきていますね)


 妖異たちは北から西方向に現れて、まっすぐにこちらに向ってくる。


 ということは、つまり、


 明らかにセイジュー神聖帝国の差し金じゃねーか!

 

 などと愚痴を言っている暇はない。


 深淵の黒腕は移動速度が速いので、すぐにでもグレイベア村に到着してしまう。


(取り敢えず、深淵の黒腕の女神クエストを受注するよ!)


 今抱えている、ショゴタン討伐2件を含めると、今日は一日で3件もの女神クエストをこなさねばならない。


「ルカちゃん! グレイちゃん! 妖異退治に行くよー!」


 俺は、地下帝国の自室に戻ると、そこでゴロゴロしているルカとグレイちゃんに呼び掛けた。


 それにしてもこの二人、部屋の扉に下がっている看板が『只今交尾中』になっていないときは、いつも俺の部屋でゴロゴロしてるな。


「おぉ、妖異が出たか~。わかったのじゃ! 遠いならわらわの背に乗って行くか?」


「うーっ、うっ、うっー!」


 元気の良い返事と共に、振り返った二人の手には、俺が昨日買ったばかりのチョコ菓子『ブラックココアサンダラー ビッグシェアパック』が握られていた。


 そして、その二つの手にあるパックは、ほぼ空になっている。


 二人の口は、チョコレートで真っ黒になっていた。


「うぉおおい! それ! 俺が超楽しみにしてたおやつ!」

 

 俺の怒りを回避するように、二人が俺の部屋から飛び出していく。


「さぁ、妖異退治に急ぐのじゃー!」


「うーっ! うっうっー!」

 

「くそぉぉおお!」


 こうして、お菓子を盗られた怒りを胸に、俺たちは妖異のところへ向かい――


「【幼女化ビィィィィム!】(継続時間1秒)」

  

 ボンッ! ボンッ! ボンッ!


 ポンッ! ポンッ! ポンッ!


 お菓子を盗られた怒りを十字に交差させた腕に込めて、3件の女神クエストをこなした。


 戦闘自体は、ほぼ【幼女化】で瞬殺なので、女神クエストに掛かった時間の大半は移動時間だ。


 ドラゴンの姿に戻ったルカの背に乗って移動するのが、一番早いのだけど、人目につくと大騒ぎになってしまう。


 なので、近場だったり、村や街などが近い場所に向う場合は、グレイちゃんの背に乗って移動することにしている。


 今日の一日だけでも、かなりの距離を移動している。それがここ最近はずっと続いているにも関わらず、ルカもグレイちゃんも、まったく疲れた様子を見せない。


「ずっと長い距離を飛んだり走ったりしてるのに、全然疲れないなんて凄いね二人とも」


「これくらい何でもないわ。お主はどうも、わらわとグレイのことを幼女だと思い込んでしまっておるようじゃの」


「うーっ! うっ! うっ!」


「うーん、確かにそうかもね。幼女の姿を見ていることの方が長いから、どうしてもそっちを基準で考えちゃうところはあると思うよ」


 俺の方はと言えば、ルカかグレイちゃんの背中に乗っているだけにも関わらず、もうクタクタだ。


 グレイベア村に着いたときには、早く自室に戻って休みたいという気持ちで一杯だった。


 一刻も早くライラに癒してもらうか、もしライラがいなければ――


 というかライラは今日も薬草集めにコボルト村に行ってるんだっけ。


 そこで俺は大事なことを思い出した。


 一刻も早くライラに癒してもらうか、もしライラがいなければ――


「頑張った自分へのご褒美に『ブラックココアサンダラー』を食べるつもりだったのにぃぃぃ!」


 そう、ルカとグレイちゃんの所業をここで思い出したのである。


「それじゃ、お疲れなのじゃシンイチィィ! さらばなのじゃぁ!」

「うっ! うっ! うーっ! 」


 二人は蜘蛛の子を散らすように別々の方向へと逃げ去って行った。

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