第184話 試験農場
戦争難民との接触があった場合、それが人間族であれば食糧や物資を渡して、そのままアシハブア王国にある各都市に送る。
だが亜人や獣人、魔族であった場合は、なるべくタヌァカ五村で受け入れるようにしていた。最近は受入れの数が多すぎて、色々な問題が起きつつある。
そういう俺たちの事情を察してか、自らの意志で受け入れを断る者もいる。だが、それでもドラゴンのルカを頼って村にやってきた眷属やその縁者については、受け入れることにしている。
それはルカの意向によるものだが、もちろん俺とて、寄る辺もなく彷徨う者が頼ってきたというのなら受け入れたい。
特に魔族たちは、アシハブア王国で安住の地を得るのは難しいだろう。神聖帝国軍は多くの魔族を率いていることから、現在大陸で起きている戦乱は魔族と人間の戦いという印象が強い。
今後、戦況が激しくなるほど、人類軍の筆頭となっているアシハブア王国での魔族に対する差別は厳しいものとなってくるはずだ。
「シンイチ殿のお考えは分かりました。とはいえ……」
グレイベア村の試験農場へ向かう道中、俺は同行のステファンと話していた。ステファンは左腕の儀碗を器用に動かして腕を組んで、何やら考え込んでいる。
この金髪碧眼のイケメンの額には、大きな刀傷が残っている。俺が初めてステファンと会った時には、その傷はまだなかった。
傷のなかった頃のステファンは、俺のことを獣人呼ばわりするような嫌な野郎だったのだが、今では俺のことを支えてくれる頼もしい仲間となってくれている。
「このまま人が増えていくと、衣食住が大きな問題になってくることは間違いありません。特に食糧については未だ最優先の課題のままです」
そう言ってステファンは、右手で額の刀傷を撫でた。これはステファンが本当に困っているときにする仕草だ。
「だよね。食糧の件については、人魚村のアリエラ村長が『大丈夫です』って言われたんだけどさ……」
「アリエラ殿が何か良い案をお持ちだったのですか?」
「それがさ『食糧が必要な分だけレヴィアたんを狩ればいい』ってことだった……」
「レヴィアサンですか……」
レヴィアたんは、海にいる巨大なクジラ系の魔物だ。【幼女化】が効果があるのだが、そこに到るまでが本当に大変なのだ。
前回は、危うく胃袋の中へ納められそうになったところを、ギリギリ【幼女化】することができたが、あんな恐ろしい思いはなるべくならもう二度としたくない。
「それにさ、レヴィアたんだけ喰ってればいいってこともないだろ? 栄養に偏りが出そうじゃん」
「そうですね。魔族によってはレヴィアサンの肉が食べられないものもいるようですから」
「そう。まぁ、俺だって肉ばっかり食べてたら飽きるし、炭水化物や野菜も食べたくなるのよ」
「タンスイ・カ・ブツ……。あぁ、シンイチ殿がよく振る舞ってくれるラーメンやタコヤキといったものですね。えっとコナ・モノというのでしたか」
「そうそう。だからライラの研究所でやってる試験農園にはかなり期待してるんだよね」
「成果が出ていると良いですね」
~ 試験農場 ~
ライラが所長を務めている「ネットスーパー商品研究所」は、俺がネットスーパーで仕入れた商品を、この世界にあるもので再現する研究を行っている。
その第三食材研究室では、農業や酪農に関する研究を行っており、グレイベア村と地下帝国にいくつもの試験農場を持っていた。
俺とステファンが到着した試験農場は、グレイベア村の北西にある。
試験農場では、各区画ごとに様々な作物が栽培されている。その中には、この世界の作物だけではなく、俺がネットスーパーで仕入れた種を使って栽培されたものもあった。
中にはトウモロコシやトマト、ひまわりと言った見慣れた植物が育っている区画もあれば、こちらの世界の見慣れぬものが育っている区画もある。また、土が会わなかったのか、育ちが悪いものもあった。
「シンイチさま!」
俺が試験農場に着いたことに気が付いたライラが走り寄ってきた。
そのライラの跡を二人の女性研究員が小走りで追ってくる。
「ライラ! 見学に来たよ!」
ライラは俺に天使の微笑みを向けた後、彼女の後ろにいる二人の研究員を紹介してくれた。
「シンイチさま、こちらがルルゥさんとヴェルディさん、この試験農場の管理をしてくださってます」
ルルゥは、赤色の髪をした小柄な女性だ。足が少し大きくて、靴を履いていないことから、恐らくホビット族かなと思う。くりっとした大きな丸い目が可愛い。
「は、はじめまして、皇帝様。ホビットのルルゥと申します」
ルルゥが赤毛のボブヘアを揺らして、俺に挨拶をした。
ヴェルディさんは、エルフの女性だ。金髪碧眼と長い耳、まさにステレオタイプなエルフそのものの容姿をしている。切れ長で物憂げな瞳が、やっぱりエルフだ。
「は、はじめまして、タヌァカ皇帝陛下。エルフのヴェルディです」
そういって美しい金髪を垂らせながら、ヴェルディさんが俺に挨拶をした。
どうも二人とも緊張しているように見える。それは俺が皇帝だからだろうか。
それとも、二人のおっぱいに俺の視線が釘付けになっているからだろうか。
まさかな……。
いくら俺でも、初対面の女性のおっぱいに、真っ直ぐ視線を向けるようなことはしない。
あくまで視線は正面のまま、視界の端に全意識を集中して二人のおっぱいを観察しているだけだ。
この完璧な擬装が見抜かれるわけがない。
「コホンッ!」
ステファンが咳払いをした。
ま、まさか……バレているというのか。
慌てる俺にステファンが小声で囁いた。
「(さすがに見過ぎかと……)」
驚く俺の様子を見て、二人が苦笑いを浮かべた。
おうふっ。
「あ、あーっ、えっと、ライラから、二人が凄い成果を出したって聞いたよ。凄く楽しみにしてる」
「「はいっ! ぜひ私たちの作物を見てください!」」
さすが研究者といったところだろうか。研究成果の話となった途端、二人の目が急に輝き始めた。
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