第183話 情報 Side:星の智慧派アサシン

 星の智慧派アサシンのルルリアナは、グレイベア村の北西に広がる広大な森の中を駆け続けていた。


 星の智慧派は、混沌を信仰する狂信者の集団である。巷の噂では、彼らは悪魔勇者の召喚儀式を成功させるため、数多くの生贄を混沌の神々に捧げ続けていると云われている。


 混沌信仰による狂気と暗殺技術を兼ね萎えたアサシンは、星の智慧派の信徒からでさえ恐怖を以て語られる存在だ。


 彼らアサシンは、混沌の神々に捧げる生贄の数だけ、神々からの恩恵を受けると信じている。星の智慧派のアサシンたちの間では、彼らの信仰の深さは捧げた生贄の数で決まると考えている。


 そして、金眼のルルリアナはアサシンの中でも最も信仰の深い者の一人である。


 彼女はその美しい容姿と暗殺スキルと駆使して、これまで数えきれないほどの生贄を星の神々に捧げてきた。彼女の暗殺ターゲットとなった者は、王族であれ誰であれ、最終的には必ず混沌神の祭壇にその首を並べることになった。


 暗殺以外の誘拐や強請といった仕事も、彼女はその全てを完璧にこなしてきた。


 その輝かしい実績に傷を付けたのは、つまらない一件の仕事だった。


 ターゲットは二人の男女。


 星の智慧派の実質的なフロント組織であるシャトラン・ヴァルキリーのクランからの依頼で、その内容は女の誘拐。男の方はどうでも良いということだった。


 ミチノエキ村でターゲットを観察した結果、女の方はかなり腕が立つことが分かった。だが暗殺に対する警戒が薄い。恐らく暗殺者に関わったこともないのだろう。男の方については、戦闘経験があるのかさえ怪しかった。


 ミチノエキ村から出た街道沿いの森で、ターゲットが野営を始めるのを確認する頃になると、ルルリアナはこの仕事が思ったよりも簡単に終わってしまいそうだと、若干の物足りなささえ感じていた。


 しかし、結果は全く違った。単に誘拐が失敗しただけではない。仲間と協力者をも失ってしまったのだ。


 だが、この時点においてルルリアナはまだ焦ってはいなかった。


 恐らく何か予期せぬトラブルがあったのだろう。そんなことこれまでもあったことだ。臨機応変に対応し、それでも無理であるのなら仕切り直して、改めて目的を果たせば良いだけのこと。


 だが、その思惑の通りにはならなかった。


 王都に突然現れたドラゴンによる騒動で、仕事の依頼主であるシャトラン・ヴァルキリーとターゲットの男女が行方不明になってしまったのだ。


 この仕事の関係者たちは「彼らはドラゴンに食べられたのだろう」という適当な結論に納得していた。


 だが、彼女は自分の完璧な経歴に傷が付くことを受け入れることができず、シャトランと行方不明の二人を探し続けた。


 その執念は、イゴーロナックル将軍の東方攻略軍に所属することになった時に開花する。


 それは将軍が賢者の石を求めてドラゴンと戦い続ける中、偶然、彼女の耳に入ってきた情報によるものだった。


「シャイニング・アイ」


 それは魔族兵が目撃したという右目から光を放つ女。


 右目の激しい光と共に、たちまち空中からドラゴンやグレイベアが出現したという。


 魔族兵によっては、幼女の首から光が出たという者もいるので、その情報の信憑性は怪しい。


 だが、ルルリアナはその情報を信じた。


 何故なら、そのシャイニング・アイの右目から光が放たれる直前の姿を目撃した魔族兵が、


「シャイニング・アイの右目には大きな傷跡があった」


 と言ったからだ。


 それはただ一つの証言に過ぎず、根拠にするには乏しいものではあったが、ルルリアナはその証言を信じた。結果として、それは正解だった。


 ルルリアナも参戦したイゴーロナックル将軍自ら率いるドラゴン討伐遠征軍。


 一つの戦いとしては、惨敗したと言わざるを得ない。だが、ルルリアナにとっては、この戦いは大きな成果をもたらした。


 何故なら、この戦いの中で最初にドラゴンが現れたとき、彼女は魔族兵の間を突っ切って走るシャイニング・アイを目撃したからだ。


 シャイニング・アイの姿を見た瞬間、彼女はその正体を知った。


 それは間違いなく、自分が追い続けていたターゲットの女だった。


 イゴーロナックル将軍が敗走していく中、ルルリアナは将軍が残して行った奴隷たちの中に身を潜めた。


 奴隷たちの前に、ターゲットの男がやって来た。と思った瞬間、彼女は意識を失った。


 再び目を覚ました時には、目の前にターゲットが二人揃っていた。ことを起こすには大きなチャンスではあったが、彼女は慎重だった。この慎重さこそが彼女を今日まで生き永らえさせてきたのだ。


 ターゲットを前にしても彼女は殺気を出すことなく、ただの奴隷として振る舞った。


 そしてその夜のうちに地下帝国とグレイベア村から脱出したのだ。


 そして今――


 イゴローナックル将軍の元へとひたすら駆け続けるルルリアナの胸は躍っていた。


 自分の持ち返る情報は将軍を歓喜させることだろう。


 それどころかセイジュウ皇帝も大いに喜ばれるに違いない。


 この情報を一番に持ち返れば、星の智慧派の大司祭となれるかもしれない。


 この情報――


 賢者の石が2つあるという事実を……。

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