第146話 悪夢 Side:ライラ

 夢……なのだろうか。


 自分が夢を見ているのだと何となく分かっていた。


 暗雲が渦巻いて、雷鳴が轟く世界。


 目の前にいる巨大なゴブリンと魔物たち。


 あんな山のように大きなゴブリンが、実際にいる分けがない。


 思うように身体を動かすこともできない。


 これは夢の中の出来事に違いない。


 そう確信していても、心臓は激しく鼓動し続けた。


 確かに、ここは夢の中かもしれないが、その夢を見ている自分自身も、今は夢の中の存在なのだ。


 そう思ってしまうと、目の前の巨大なゴブリンがとても恐ろしいものに見えてくる。


 あれは、私から目を奪ったゴブリンだ!


 そうに違いない!


 怖い!


 恐ろしい!


 シンイチさま! 助けて!


 助けて!


 助けてぇぇぇ!!


『ぬぉぉぉぉぉ!』


 必死の叫びに答えるように、突然どこからか少年が現れて、ゴブリンに向って行った。


 シンイチさま……じゃない?


 山のように巨大なゴブリンに、その少年は剣を振りかざして向って行った。


 少年はシンイチさまじゃない。でも、あの少年を知っている気がする。


 確かに知っている!


 あの子は……あの子は……あの子は!


 少年が手にしている輝きを放つ剣には魔力が宿っているようだが、それでもあの巨大なゴブリンに向うには頼りなさそうに見える。


 あの子を助けなきゃ!


 そうは思うものの、身体は宝石のようなものの中に閉じ込められていて、身動き一つ取ることができない。


 声さえ出すことができなかった。


 巨大なゴブリンを前に、少年が剣を高く掲げながら叫ぶ声。


『我が魂のすべてを捧ぐ! 宝剣ミスティリアハート!』


 やめて!


 少年が命と引き換えに、巨大なゴブリンや周囲に群がる魔物たちを一層しようとしていることがわかった。


『聖樹の力を世に解き放て!!』


 やめて!!!


 剣からまばゆい光が放たれ、周囲を白一色に染め上げる。その光の中で、巨大なゴブリンや魔物たちが光の粒子に分解され、消えて行くのが見える。


 そして、少年の身体もまた光の中に消えつつあった。


『お母さんの痛かったことや辛かったことは、全部ぼくが持っていくから……』


 待って! 行かないで!!


 声に出来ない絶叫を上げる。


 少年を想う気持ちで、胸が張り裂けてしまう。


「ハル! ハルゥ!」


 バッ!


 身体を起こしたとき、一瞬、自分がどこにいるのかわからなかった。


 心臓が激しく鼓動し、全身が汗でびっしょりと濡れている。


「んっ……ライラ、どうしたの? 大丈夫?」

 

 隣から優しくて甘い声が耳に入ってきた。


 そこで始めて、ここがグレイベア村の部屋で、シンイチさまの隣にいることを思い出した。


「どどどど、どうしたのライラ!? どどどど、どうして泣いてるの?」


 シンイチさまが慌ててわたしの身体を抱き寄せる。


 優しくて暖かい抱擁。


 シンイチさまの優しい手がわたしの頭を撫でる。


 子供たちなら、数度頭を撫でるだけで寝かしつけることができるシンイチさまの手。


 さっきまで早鐘のように打っていた心臓が、夢の中で感じた胸が張り裂けるような想いが、たちまち落ち着いてくる。


「大丈夫です。悪夢……辛い夢を見てしまって……それだけですから」


「そ、そうなの……」


「はい。でも……もう少しだけ撫でていてください」


 シンイチさまは、それからずっとわたしの頭を撫でてくれた。


 心地よい気持ちに浸りながら、夢のことを思い出す。


 流産してしまった、あの子のことを。


 シンイチさまは、別の世界で命を失ってこの世界に来たとおっしゃられていた。


 それがもし本当なら。


 本当に決まってる。


 あの子も、きっと別の世界に生まれ変わっているのかもしれない。


 そこで幸せになってる。


 そうに決まってる。

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