第144話 イリアきゅんは男の子!

 コボルト村は、俺にとっては故郷とも言うべき村だ。この異世界に来て、マーカス達と出会って、コボルトのロコたちと一緒に攻略したゴブリンの洞窟が始まりとなっている。


 ライラやステファン、ルカやグレイちゃんとも、このコボルト村に腰を落ち着けてからの付き合いだ。


 最近は、グレイベア村で過ごすことが多くなっているものの、コボルト村に戻ってくると実家に帰ってきたような安心感がある。


 今はゴブリン洞窟と呼ばれている村の洞窟の最奥に、俺とライラの部屋はある。他にもマーカスやヴィル、ネフューやステファンの部屋もある。彼らの部屋は今は使われていないが、時折、コボルトたちが清掃してくれている。


 今は遠くの村に行ってしまったネフューが、コボルト村を訪れた際に、昔のまま残されている部屋を見て大層喜んでいた。


「ロコ、いつも綺麗にしていてくれてありがとね」


「シンイチ、ライラ、いつきても、だいじょうぶ、キレイにしてる」


 俺は久しぶりに訪れた洞窟の最奥部屋で、コボルトのロコとインキュバスのイリアくんからコボルト村の現状報告を受けていた。


 最奥部屋は、洞窟内で最も広い空間だ。天井も高い。あまりに広いので、部屋の半分は倉庫、さらに半分を会議室と俺の部屋という感じで使っている。


 俺の部屋として使っている部分だけでも、畳で言えば30畳くらいある。前世が独り暮らしの安アパートだった俺には、この部屋は広過ぎた。


 結局、部屋の片隅に四畳半の畳を敷いて、そこに布団を敷いて寝ていたものだ。


 その後、ルカとグレイちゃん、そしてライラと暮らすようになってから、四畳半をもう一つ追加している。


 この畳部屋に上げるのは、本当に近しい人たちだけだ。


 だから俺は、ロコとイリアくんをこの畳部屋に招いて、ロコから村に関する報告を受けていた。


 ちゃぶ台には緑茶と茶菓子(和菓子ミックス)が置かれている。


 俺とイリアくんは、湯呑でズズッと緑茶を啜りながら、適当に茶菓子をつまむ。


 ロコはコボルトという犬獣人の口の形状上、湯呑ではなく大きなお椀でお茶を飲みながら、茶菓子代わりにブギーマンをつまんでいた。未だにそれがペットフードであることは内緒にしてる。


「コボルトムラ、ジュージンのあいだで、ゆうめい、なる、になってる」


 そう言ってロコがイリアくんの方を見ると、イリアくんが頷いて続きを話す。


「コボルト村の存在が獣人の間で徐々に知られつつあるようです。先月も戦火を逃れてきたという猫族の獣人4名を受け入れております。おそらく今後も移住希望者は増えてくるものと思われます。そのときのために先月から北の森の開墾を急いでいる状況です」


「森、ひらく、たいへん、ちからもち、ほしい、ルカ様、たのんだ」


 イリアくんが翻訳しようとしてくれたところを、俺は手で制した。


「あぁ、それルカから聞いてるよ。鬼人族とラミア族を手伝いに寄越すって言ってた」


「おぉ、シンイチ、ルカ様、ありがたき! ありがたき!」


「いいってことよ! って、俺は何もしてないけどね!」


「シンイチ、いつも、ありがと、いつも、たすけてくれる、おれ、みんなにほうこくしてくる! アトは、ワカイ、フタリ、ドウゾ」


 そう言って、ロコはご機嫌なステップで部屋を出て行った。


「後は、若い二人でって、お見合いみたいなこと言って、誰にそんな言い回しを教わったのやら。ねぇ、イリ………アきゅん!?」

 

 ピトッ。


 イリアくんが、俺の右にピタリと肩を寄せて来た。


「うん? シンイチくん、どうしたの?」


 上目遣いで俺の瞳を真っ直ぐに見つめてくる。


 ち、近い……しかもいい匂いがする……


 イリアくんの銀髪からフワッとした香りが、俺の鼻をくすぐった。


「顔が赤いけど大丈夫?」


 サスサス。


 そこでどうして俺の太ももをサスサスするんだ、イリアきゅん!?


 イリアきゅんが、さらに身体を寄せて来て、胸を押し付けてくる。


 もちろんイリアきゅんはインキュバスなので胸はないのだが、それは問題ない。

 

 いや違った問題あったわ!


 やっべ! 超やっべ! 超ドキドキしちゃったけど、イリアきゅんは男なんだったわ!


 イリアきゅんは男!

 イリアきゅんは男!

 イリアきゅんは男!


 自分にこうして言い聞かせないと、つい忘れちゃいそうになる。


「ほんと大丈夫、熱みようか? おでこくっつけて良い?」


 顔近い! 顔近い! 顔近い!

 

 肌めっちゃ白くてすべすべ!


 なにこのプルルンとした桃色の唇! こんなの男なわけないじゃん!


 いやいや、イリアきゅんは男の子だから!


 イリアきゅんは男の子!

 イリアきゅんは男の子!

 イリアきゅんは男の娘ぉぉぉ!


 と言うか、俺、さっきからイリアくんのことをイリアきゅんとか言ってるぅぅぅ!


(ココロチン:あぁ、もうじれったいですね! さっさと押し倒しちゃえばいいじゃないですか!)


(シリル:どちらが攻防を取るかせめぎ合っているのでは?)


(ココロ:もう! そんなのどっちだっていいですよ! ほら! イリアくんが待ってますよ!)


(ちょっと! ココロチン! シリルっち! 何言ってんの! 俺にはもうライラという心を捧げた大事な女性がいるんだよ!)


(ココロ:ライラさんも、イリアくんとならアレをアレしても許してもらえるんじゃないですか? 前もそうだったじゃないですか)


(アレって何だよ! でも分かるからそれ以上は詳しく言わないでくださいお願いします)


(シリル:この大陸の常識というのはわかりませんが、シンイチ様に近づく女性に対するライラさんの反応を見てると、どうも彼女なりの判断基準というのがあるように思えます)


(ココロ:その基準で言えば、サキュバスのイリアナは駄目だけど、インキュバスのイリアきゅんはOKってことだったじゃないですか!)


(えっ? OKだったって? いつ? そんなことあったっけ? というか、そういう話じゃないの!ライラじゃなくて俺自身の心の問題だから! というか……そうやって隙あらば俺に男の娘を推しまくるの、や~め~てぇえぇぇ!)


 ハッ!?


 脳内会話から復帰した俺は、イリアくんの両肩をガッシリと掴む。


「ど、どうしたの、シンイチくん!」


 イリアくんの顔が真っ赤になっている。


 俺はその目を真っ直ぐに見据えて言った。


「俺たち、ずっと親友でいようね!」


「えっ!? もちろんだよ? 突然、どうしたの?」


「そろそろグレイベア村に戻らないと! ライラが待ってるから!」


 そこから45秒で支度して、俺はようやく乗り回せるようになった馬を駆って、一路グレイベア村を目指した。


 あ、危なかった……もう少しで、支援腐精霊たちに、新世界へと誘われてしまうところだった。


(ココロ:失礼ですね! 私はあくまでも田中様のためを思ってアドバイスしてるだけですから!)

(シリル:新世界はきっと素晴らしいところ……)


 俺は、馬の制御で一杯一杯だったので、二人に対して反論する余裕なんてない。


 帰りの道中、二人は延々と俺に男と男のアレが、いかに素晴らしいものであるかを語り合っていた。


 そういう腐った猥談は、俺の頭以外のところでやってくれ!


 チクショー!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る