第142話 暗黙のルール

 竜華の間で行われていた、ミリアの報告を聞いているうちに、何故か突然ハーレムについての論争が始まった。主に原因は俺である。


「話がそれたけど! 幼女ハーレムなんてあの詐欺野郎エンジェル・キモヲタにとっては天国なのかもしれないけど、俺にとっては労働基準監督署に相談するかどうかってレベルの労働でしかないの! 遊びに関する子供の無限体力知ってる!? いくら魔王候補者のフワデラさんだって小鉢と遊び勝負したら、絶対にフワデラさんが先に根をあげるね! 賭けてもいい! それを俺は……子育てと子守は違うだろうけどさ! 俺は……俺は、もう死ぬくらい幼女の子守をやってきてんだよぉぉぉ! 幼女ハーレム? ナニソレオイシクネーヨ! でも幾ら疲れても、ぶっ倒れそうでも、幼女だからちゃんと面倒みるしかないじゃん! それをそれを一種のハーレムだとか……よくもよくも、よくもそんなことが言える……」


 怒りの無限ループに陥った俺が、ついに腕を十字に重ねそうになったとき、ルカが大慌てで止めに入ってきた。


「シ、シンイチ! 落ち着け! 落ち着くのじゃ、よく考えて見よ! ドラゴンシスターズは幼女の集まりではないぞ! 皆、見た目も麗しい乙女……かどうかはしらんが粒ぞろいの美女ばかりじゃ、幼女のような手間もかかるまい! ほれ、目の前のミリアやフォーシアも、かなりの美人じゃろうが!」


「はぁ……ルカちゃんはおこちゃまだから、ハッキリ言わないと分からないんだな」


 俺は一瞬にして冷静になった。冷静になり過ぎて、冷気が発生する程に。


「いいですか? ハーレムっていう表現は、確かに男性一名の周りに多数の女性が配置されている状態を指す場合にも使われます」


「そうじゃろ? そうだとすればシンイチは既にハーレムにおるではないか。ライラとわらわという妻もおるし、グレイだっておる。確かにわらわとグレイは幼女の姿じゃが……えっと、それに……ほら、トルネアがおる! あやつの乳はかなり大きいから問題ないじゃろ! あやつも、しょっちゅうお主と一緒におるではないか」


「それはハーレムじゃなくてハーレムっぽいということなの! カニとカニカマくらい別物なの! それに大体トルネアさんはライラと一緒に居たいだけだから!」


「しかし、神ネットスーパーのカニカマも、かなり本物のカニの味に近づいてきておるではな……」


 俺の目がスッと細くなるのを見たルカが口を閉じた。


「いいかい? ルカちゃん! まずは本物のハーレムの基本を押さえて欲しい!」


「き、基本? なんじゃそれは?」


「まずハレームメンバーは、ハーレムマスターにおっぱいを揉まれても好感度が上がる! これが基本! これこそ最初にして最後の奥義であり秘蹟! お受験にも高校受験にも大学受験にも公務員試験にも必ず出題されるから覚えておくように!」


「はぁ!?」

 

「よく分からない? 分からないだろうね。では実戦してみせよう! ミリアさん!」


「は、はいぃぃ?」


 えっ!? 私? ニンジャナンデ!? という顔になっているミリアに俺は問うた。


「ミリアさん、おっぱい揉んでいいですか?」


「えっ? 駄目ですけど……」


 ほらね? という視線を俺はルカに向ける。


「えっと、俺はミリアさんのこと信頼してますし、綺麗な方だなぁと思ってます。ですからこれからする質問に正直に答えてもらっても、俺のミリアさんへの評価は上がることはあれ、決して下がるようなことはないことを誓って申し上げます」


「は、はぁ……」


「では質問です。俺……というか俺と同じ外見の男が、ミリアさんに言い寄ってきました。ミリアさんは付き合おうと思いますか? アリかナシかで答えてください」


「………」

 

 ミリアの目が本当に答えても大丈夫なの?と訴えてきたので、俺は静かに頷いて見せた。


「で、では正直に……ナ……アリ寄りの……ナシで」


 ほらね? という視線を俺はルカに向ける。


「お、お主、ライラというものがありながら……しかも隣におるというのに、よくもそんな問いができるものじゃな」


「ライラは別格なの! というかライラさえいればハーレムなんか要らねーから!」


「お主、頭は大丈夫か!? 言ってることが無茶苦茶じゃ! そもそもお主がハーレムを求めているのかどうか、根本的なところから吹っ飛んでしまったぞ! 今までの話じゃと、お主は色んな女をとっかえひっかえして交尾したいと言っておるように思ったのじゃが違うのか!?」


「違う!」


「違うのか!? 今までの話はなんじゃったんじゃ!」


「俺はハーレムの女の子にチヤホヤされたいだけなんだよぉぉぉ!」


 チヤホヤされたいだけなんだよぉぉぉ!


 チヤホヤされたいだけなんだ!


 チヤホヤされたい!


 ハッ!?


 そうだったのか!


「ライラ! 俺分かったよ! 俺がハーレムに求めていたのは、女の子たちからチヤホヤされることだったんだ!」


 正直、既にライラという俺の妻であり、俺だけの美少女であり、俺だけのサキュバスであり、あらゆる性癖を優しく受け止めてくれる愛の女神がいる俺には、もはやハーレムにエッチを求める欲望がほぼない。ラッキースケベ以上のことを求める気のない俺が、ハーレムに固執するのは何故だったのか。


 それをずっと考え続けて来た。たぶん一日の半分くらいは思考を費やしてる。

 

 毎晩のようにココロチンやシリルとも対話を繰り返し、ハーレムとは何か議論を深めてきた。それでも辿り着くことができなかった答えに、今、俺はようやく到達することができた。


 俺がハーレムに求めているのは、女の子にチヤホヤされることだったのだ!


「ルカちゃん! みんなも聞いてよ! 俺が理想とするハーレムは……って、皆は何処?」


 ふと気が付くと、俺の目の前にはライラの他は誰もいなかった。


 というか竜華の間には俺とライラしかいなかった。


「皆さん、お仕事があるということで、先にお帰りになりました」


「そ、そうなんだ……」

 

 この日、「シンイチの前では決してハーレムと唱えるべからず」という暗黙のルールが生まれた。


 ……らしい。

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