第140話 ルカの大回転尻尾ビンタ
自分の力だけでは、ミチノエキ村の人たちを、星の智慧派の脅威から守ることはできない。
王都の人々が恐怖するドラゴンだって一瞬で幼女にしてしまう【幼女化】スキルは、邪悪な意志によって集まった狂信者集団に対しては全くの無力だ。
シャトラン・ヴァルキリーのように、シャトランという頭を潰しさえすれば、後は勝手に組織が自壊していくようなものでもない。
狂信者集団の頭を潰すのであれば、彼らの信仰する神そのものを叩き潰さないと意味はないだろう。
仮に、今回の件に関わった星の智慧派を全員倒せたとしても、この件の存在そのものを知る者が組織から完全にいなくならない限り、ミチノエキ村から危機が去ることはない。
つまり、俺一人でどうこうできる問題ではない。どうすればいいのかさえ分からない。
「力を貸してください! どうかお願いします!」
俺はもう額を床に思い切り擦り付けて、ひたすらお願いすることしか出来なかった。
「ルカさまの回転、回転、大かいてー--ん……」
俺の背後でルカが何かを言っているのが聞こえる。
「大回転尻尾ビンタァァァッ!」
バッシーーーーーーン!
突然、俺のお尻に強烈な衝撃が走る。
ズサーーーッ!
その勢いが強すぎて、俺は額を床につけたまま、上半身を前方へと投げ出す格好になった。
「痛ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええ!」
そう叫ばずにはいられないほどに、お尻が痛かった。二つに割れてしまったことが確信できるほど痛かった。
お尻の激痛に耐えながら、俺は振り返って、ルカの顔を見た。
その顔は真っ赤に染まり、角が生えていることもあって、憤怒の魔王か魔神のように恐ろしい。
「この阿呆が!」
魔神ルカちゃんが、頭から湯気を出して怒っていた。
「わらわたちに力を貸せじゃと! わらわたちに力を貸せじゃと! わらわたちに力を貸せじゃと!」
ルカちゃんが怒りで小さな身体をプルプルと振るわせている。
「わらわたちが力を貸すわけなかろうがぁぁぁ!」
ええぇぇぇ!
「わらわたちは力を出すのじゃ! ここにいる全員がな! わらわたちの問題じゃろうが! それがなんじゃ! 今のお主の言葉と態度! わらわたちを余所者だとでも思っておるのか!」
ルカの言葉に、ハッとした俺は思わず息を呑み込んだ。
この場にいるひとり一人に目を向けると、皆が暖かくて優しい目で俺を見つめ返してきた。
どうやら俺は一人で気負い過ぎて、どうやら、またやらかしてしまったらしい。
そうだった。俺一人じゃない。皆がいる。
一人で異世界に放り出された俺にとって、今では家族のように思っている皆がいるんだった。
「る……るが……るがぢゃん……み、みんな……ご、ごめん、ごめんよぉぉぉぉ」
俺は顔から流れる滂沱の涙をそのままに、ルカに縋り付いて謝った。
「わ、わかった! わかったのじゃシンイチ! もうよい! わらわも怒鳴ってわるかった! だから離れよ! ちょっ、やっ、鼻水を擦り付ける出ないわぁぁぁぁ。ライラ! シンイチを引き離してくれぇぇぇ」
ルカのプニプニのお腹に顔を埋めて泣きじゃくる俺を、ライラは無理に引き剥がそうとはせず、ただ背中を優しく撫で続けてくれた。
「ちょっ!? 王都土産のお気に入りの服なのじゃぞ! いや、顔をぐりぐりするな! うえへぇ! 鼻水が!シンイチの鼻水がわらわの服にぃぃぃぃぃ!」
ルカの絶叫が村長宅(兼旅館)に響き渡る。
~ 腹案 ~
俺が泣き止んで落ち着いた後、ルカちゃんがお着換えをしてから、会議は再開された。会議の冒頭で、真っ先に口を開いたのがミリアだった。
「私に案があります」
ミリアがいきなり全滅死亡フラグを立てた。
「それはどういうものだ?」
俺の不安を他所に、フワデラさんがミリアに先を話すように促す。
「はい。それはこのミチノエキ村に暗殺者ギルドを置くことです」
いきなり恐ろしいことを言い出したミリアに、全員の視線が集中する。
「皆さんが不安に思う気持ちは理解します。それに私の案が採用されても、ミチノエキ村が完全に安全になるというわけでもありません。ただ暗殺ギルドがあれば、アサシンたちの行動をかなり牽制することができるはずです」
ミリアによれば、暗殺者ギルドに加盟しているアサシン集団は、普段はお互いに牽制し合っていても、ギルドの掟を尊重し、協力することも多いという。
そのギルドの掟のひとつが、暗殺者ギルドが置かれている街や村では仕事をしないというもので、そこから街や村人をターゲットにしないという不文律が出来ているそうだ。
「もし、村人が暗殺対象となった場合、それは必ずギルドに事前報告しなければなりません。また暗殺対象が村に留まっている限り、アサシンは手を出すことはできません。彼が村を出る機会を待つしかないのです」
ミリアの提案に、皆それぞれが考え込んでいる。その様子を見たミリアがさらに言葉をつないだ。
「星の智慧派と言えど、アサシンであれば暗殺者ギルドの意向を無視することはできません。少なくともこれまでは星の智慧派のアサシンたちが、ギルドの掟を破ったという話を聞いたこともありません。もし破っていたとしたら、所属する暗殺ギルドだけでなく、ほぼ全てのアサシンが星の智慧派のアサシンたちを狙うことになるでしょう」
ミリアはひと息ついてから再び話を続けた。
「私の提案は、ミチノエキ村に完全な平和を約束するものではありません。ただ、暗殺者ギルドが設置されたとしても、村人のほとんどはその存在に気付くことはないでしょう。これまでの生活を続けていくことができるはずです」
「ただ村の周辺で転がっている死体が増える……ということだな」
フワデラさんがボソリと呟いたのを聞いたミリアが、静かに首を振る。
「死体が増えるのは間違いありませんが、ほとんどは見つかることさえないでしょう」
「もし暗殺の現場を村の人が見てしまったら、その人は……」
俺の疑問にミリアが静かに答える。
「それが全くないとは言い切れません。ただそのような事態が起こった場合、掟ではアサシンが報酬の十分の三を暗殺者ギルドに渡すことになっています。ギルドはその受け取った報酬の一部を目撃者に渡し、生涯の秘密を誓約させます。誓約を破った者がどうなったかを理解させた後で……」
「もし村人に現場を目撃された暗殺者が、その村人を殺してしまった場合はどうなるの?」
「それが発覚した場合、彼はギルドの粛清リストに登録されることでしょう。後は本人の利益と損害の天秤がどちらに傾くか次第ですね」
ミリアの腹案は思っていたよりも重かった。
だが真剣に検討すべき案であるということは、俺だけではない、この場にいる全員が思っているようだった。
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