第139話 思い切りの土下座
ドラゴン騒動を起こして王都から戻って以降、俺とライラは自主的にミチノエキ村への出入り厳禁とした。
シャトランと俺とライラは、ドラゴンに食べられて死亡したことになっている。王国でも公的な記録にはそのように記されているはずだ。
シャトランが死亡したとなっては、シャトラン・ヴァルキリー団の残存組が俺たちを狙ってくる可能性は非常に低い。そもそも、ライラ誘拐の件について知らされていたのは、シャトランに近しい極一部の団員や関係者しかおらず、おそらくその全員が今は完全な幼女になっている。
市中の孤児院に引き取られていった元女性護衛騎士の連中については、三年後に幼女化が解ける。だが、その時には、もう彼女たちが剣を捧げるべきシャトランはいない。万が一、俺たちに復讐しようと考えたとしても、既にドラゴンに食べられた後であり、その時にはもうどうしようもない。
まぁ、彼女たちについては心配することはないだろう。妖異の方がよほど脅威だ。
だが星の智慧派の方は、彼女たちのようにはいかないだろう。
「そうなのミリアさん?」
流華の間には、ルカとフワデラ夫妻、俺とライラ、ミリアとフォーシア、そしてカレンが集って、星の智慧派への対策会議を開いていた。
ミリアとフォーシアは、王都で収集した情報と工作活動の報告、カレンさんについては、ラーナリア正教の神官としての立場から、星の智慧派についての知見を得ようと来てもらっている。
今回の件で、星の智慧派も手を引くかもしれないという俺の意見に対して、ミリアさんは、
「星の智慧派は邪神を信奉する狂信者というだけではなく、非常に古い歴史を持つアサシン集団でもあります。同業者の立場から言わせていただければ……」
今回の騒動で、星の智慧派は三人のアサシンを失っている。しかも俺の暗殺とライラの誘拐にも失敗した彼らとしては、面子を保つためにも、何らかの行動を起こすはずだということだった。
「面子のために?」
「はい。仕事は果たせず、雇用主を失い、敵に報復もしなかっとなれば、アサシンとしての星の智慧派の評判は地に落ちるでしょう。賭ても良いですが、彼らはきっと、彼らの神に復讐の血の誓約を捧げているはずです」
「でも表向き、俺は死んでるんだよ? 報復するって一体誰に……」
「そこは彼ら次第というところですが、もし私が彼らの立場だったとしたら……」
ミリアさんは、そこで一旦言葉を切り、その場にいる全員を見回した。
「おそらく報復の対象とするのはフワデラ様とシュモネー様でしょうか」
えっ!? 何で?
という俺の表情を見た、フワデラさんが口を開いた。
「イリアの宿で、二人のアサシンを撃退したのが私たちだったからでしょうね。もしかすると、そのとき一緒に彼らを追い詰めた仲間も狙われてしまうかもしれません」
そう言ってフワデラさんがミリアに顔を向ける。
「はい。逃げたアサシンは、お二人の姿を確実に見ているはずです」
「なら、フワデラさんたちもミチノエキ村への出入りさせられないってこと?」
と、一応は驚いて見せたが、俺たちもフワデラさんたちも、元々ミチノエキ村に来ることはほとんどなかった。正直、グレイべ村や地下帝国、コボルト村のような近代化された生活圏で暮らしていると、わざわざミチノエキ村に出向きたくなるなんてことはまずない。
うん。
ミチノエキ村の出入り禁止って、それほど大した問題じゃないな。
とか思ってたら、ミリアさんが、
「ただシンイチ様たちと違って、お二人はドラゴンに食べられておりません。身を隠したところで、星の智慧派が諦めるとは考えられません。それどころか、二人の居場所を探るためにミチノエキ村で事を起こすかもしれません」
「事を起こす?」
「目撃者を彼らのやり方で尋問するかもしれません。ミチノエキ村でお二人に接触した可能性がある人々の財産が破壊されるかもしれません。人を苦しめることにかけては、万の手管を持っていると言われています」
「えっ!? 無関係なミチノエキ村の人たちが、アサシンに襲われるかもしれないってこと!?」
「無関係かどうかを決めるのは彼らです」
ライラがそっと俺の手に手を重ねてくる。
その時になって、ようやく俺は自分の手が震えることに気が付いた。
いくら人の出入りが増えてきたとはいえ、ミチノエキ村には俺の親しい人たちが沢山暮らしている。平和に、普通に、日常を送っているのだ。もし、彼らの血が流されでもしたら……。
血塗れになって倒れているイリアくんやイリアーナさんの姿が脳裡に浮かんだ。
敵が妖異や魔物なら、俺の【幼女化】で皆を守ることができる。正面から挑んでくるのであれば、人でも魔族でも、たぶん俺は戦える。だが、絡め手で闇討ちを仕掛けてくるような連中を相手に、俺は無力だった。
「お願いだ! 皆の力を貸してくれ」
気が付くと、俺は皆に頭を下げていた。
「頼む! 頼みます!」
気が付くと、堀り座敷から出て、思い切りの土下座を敢行していた。
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