第135話 約束を違えるもの


 ミチノエキ村には、イリアーナさんの弟イリアくんが経営するイリアズイン ミチノエキ店がある。俺とライラはそのカフェテラスに座って、二人でお茶を楽しんでいた。


 レオンやアサシンを失ったシャトランたちが、このまま大人しく引き下がるとは思えない。ダークエルフのアサシンであるミリアの仲間が、現在、王都でシャトランの動向を探ってくれている。

 

 俺とライラは、シャトランたちの手下が、再びミチノエキ村に来るのに備えての警戒と、俺がのうのうと生きていることを示して挑発するために、ミチノエキ村に宿を取って滞在している。


 宿と言っても、この『イリアズイン ミチノエキ店』のオーナーは俺で、ここを利用するのは、ほとんどが顔馴染みしかいない。今もここにいるのはコボルト村やグレイベア村の関係者だけだ。


 もし、シャトランの関係者よそものがここを訪れたら、違和感があり過ぎて、その場にいる全員の視線を集めることになるだろう。


 だから、彼女たちの存在は全員の視線を集めていた。


 イリアズインの玄関にあるカフェテラスだけでなく、受付やロビーにいる全ての亜人たちが、人間の女性パーティーに訝し気な視線を向けていた。


「タヌァカ殿、お久しぶりですわね!」 


 女性パーティの中から、一人、俺の方に向って進み出て来た。


 彼女は赤い髪に青い瞳を持つ美しい女冒険者だった。


 胸はそれなりに大きいが、あれはきっと何かを詰め込んでいるのだろう。


 俺はその女性を一瞥した後、声に不機嫌を詰め込んで応える。


「どちらさまでしたっけ?」


 恐らく予想外だったであろう俺の反応に、その女性の顔に動揺が走る。彼女だけではない。その後ろにいる彼女の仲間らしき女性たちも、一体何事が起こったのかと、お互いに顔を見合わせていた。


「セ、セレーナですわ! 貴方のおかげでシャトラン・ヴァルキリーに入団が叶ったセレーナ・ドラゴ! 最後に分かれてからそれほど日も経っておりませんのに、まさかもう私のことを忘れてしまったわけじゃないでしょうね!?」


 目を大きく見開いたその表情から察するに、この女、本当に俺が忘れてしまっていると思い込んでいるようだった。


 俺の額にピキピキッと青筋が浮かぶ。


「忘れているのはお前だセレーナ! お前がハーレム団に合格したときに言ったよな? 俺たちはもう二度と会わないし、関わることはないと。俺はお前の依頼をきっちりと果たしたよな。なのにお前は俺との約束を破るのか!?」


「!?」


 自分でも予想外に大きな声を出してしまい、周りの視線が俺に集中する。


 だが、俺には怒る理由がちゃんとあった。


 決して、目の前で俺たちを取り囲んでいる6人の女性冒険者が、シャトラン・ハーネスのハーレムメンバーかと思うと、もう羨ましくて羨ましくて、それで腹が立っているわけではない。


 それで腹が立っているわけではない。


 ない!


 羨ましくなんかない!


 もし腹を立てていたとしても、それは俺の怒りのたった90%くらいに過ぎない。


 俺がここまで腹を立てている理由。


 俺の怒りの120%は、探索マップに映っている数多くの赤と黄色のマーカーのせいだ。


 今、俺の視界に表示されている探索マップには、イリアズインの周辺に赤いマーカーが三つ映っている。恐らく、星の智慧派のアサシンたちが外で見張っているのだろう。


 まぁ……それはいい。


 いや、よくはないけど、いずれ彼らが、再びミチノエキ村に来るだろうことは、当然ながら想定していたので、こちらとしても彼らに対する準備も万全だ。


 今ここにいる泊り客たち全員が、もしものときには俺とライラを守ることを前提として、この宿を利用しているものばかりなのである。


 その半分はルカの眷属である鬼人やエルフ族といった亜人であり、あとの半分は、かつてタクスと一緒にコボルト村にやってきた海賊フェルミの手下たちだ。つまり荒事には慣れた連中である。


 さらに受付に目を向ければ、シュモネーが受付嬢として立っているのが見える。さらにロビーにあるカウンターでバーテンダーをしているのがフワデラさん。灰色ローブに狙われるようになって以降、二人は、俺とライラがミチノエキ村を訪れる際には、必ずこうして付いて来てくれる。


 つまり、今、イリアズインのスタッフや泊まり客の全員が、俺とライラを守るためにここにいると言っていい。


 だから三人のアサシンを確認したところで警戒はしても、彼らに対して怒りも何もない。


 ただ戦う腹を括るだけの話だ。


 だがセレーナが俺の前に現れることは想定していなかった。


 いや、単純に可能性だけを考えれば、レオンに情報を伝えた彼女を、シャトランが当然利用するだろうという理屈は分かる。


 だが俺はセレーナが約束を破ることはないと、完全に思い込んでいた。


 こうして約束が破られた今となっては、どうしてそんな無邪気にセレーナを信じたのか、自分でもわからない。


 まぁ、俺が間抜けだったというだけのことなんだろうけど……。


 だが今の俺の怒りは、セレーナが約束を破ったことに対してではない。


 もちろん約束を破られたことに腹を立てているけれど、それだけなら、今、俺が感じている煮えたぎるような怒りが沸き起こることはない。


 今、俺が怒りに煮えたぎっている理由。


 それは俺の視界にある探索マップに映っているマーカーにある。


 最初、そのマーカーに気が付いたとき、俺は頑張って表情に出ないようにはしたが、内心では激しい動揺に見舞われていた。


 その反動で強烈な怒りが沸き起こり、ついセレーナとの会話で大声を上げてしまったのだ。


 今、俺の視界にある探索マップに映されているもの……


 俺を取り囲んでいる赤いマーカーは、


 6つある。

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