第134話 俺を殺しに来るもの

 アサシンの襲撃を受けてから一カ月が過ぎた。


 その後も、俺はライラと共に定期的にミチノエキ村を訪れている。


 襲撃の際に幼女化して捉えた二人のうち、アサシンだった男は、俺とミリアが尋問の準備をしているときに、目の前で幼女化が解けた。


 もう一人の男は地下帝国にある幼女強制収容所に収容した。


 収容したのはレオンと言う男で、ミリアによる尋問によって、彼がシャトラン・ハーネスの部下であることが判明した。ライラを誘拐するために、暗殺者と共にミチノエキ村に訪れたことも、彼が吐き出した情報から判明した。


 彼自身は認めなかったが、俺の暗殺も目的の一つだったはずだ。


 まずアサシンなんてヤバイ奴らが三人も同行している上、俺の探索マップでは彼らは全て赤いマーカーで表示されていた。赤マーカーということは、つまり奴らは俺に対して明確な殺意を向けていたということだ。


 レオンは、シャトラン・ハーネスから暗殺指示を出なかったと言い張るが、ミリアはそれを信じなかった。俺も信じない。


 もちろん、明確な言葉や文章で暗殺指示は出てはいないかもしれない。というか、そんな証拠が残るような形で指示は出ていないだろう。


 だが、暗殺者三人と一緒に行動していたのだ。


 それで何も知りませんでした……というのは、前世の日本のような平和な法治国家であれば通用するかもしれないが、この異世界では通用しない。


 というか探索マップに赤いマーカーが表示された時点で、俺の覚悟は決まっていた。


 それは、ゴブリンや妖異のときに表示される赤マーカーとは違う。


 同じ赤い点で表示されているだけだが、明らかに違った。


 同じ人間が、俺が見知らぬ赤の他人が、俺に対して殺意を向けている。


 俺を殺そうとしている。


 動物が捕食対象を狙ってのことではない、異なる種族の憎悪でもない、単なる破壊者である妖異でもない。もちろん、その全てが脅威ではあるのだが、そういうのと遭遇したときの恐怖とはまた違う。


 俺は、人間が俺を殺そうとしているという事実に、恐怖を感じた。


 この異世界に来てから、俺は生きるために動物を殺したことはある。ゴブリンや獣人、妖異も散々殺してきた。これからだって、俺は生き残るために、大切なものを守るために、そいつらと戦うことになるだろう。


 だが人は殺せない。


 もちろん、命が軽いこの異世界でそんな綺麗ごとがいつまでも通用するとは思っていない。それに、もしライラが誘拐されて傷つけられたら、俺はその誘拐犯を殺すことを躊躇わないだろう。


 人ではないが、人間に近い種族とも言えるコボルトやゴブリンだって殺した。コカトリアンを殺したことだってある。


 だがその時のことは、今でも夢に見ることがあるし、コボルト村に設けた供養塔で、彼らの成仏を願って祈りを捧げている。恐らく死ぬまで忘れることはできないだろう。


 他種族でさえ、しかも憎むべき敵だったのに、その命を奪ってしまったことが今でも重く伸し掛かってくるのだ。いつか殺してしまうのかもしれないが、少なくとも、今の俺は人を殺せない。


 少なくとも今の俺にとって、人の命を奪うというのは、とてつもない大きな壁を乗り越えなければできないことなのだ。

 

 それをいきなり乗り越えて来たのが、索敵マップに表示された3つの赤いマーカーだった。


 こいつら俺を殺そうとしてる!


 それに最初に気付いたとき、もしとなりにライラがいなかったら、もし俺に【幼女化】スキルと支援精霊のサポートがなかったら、あの場で、俺は恐怖にまみれて泣き崩れていただろう。


 だが幸いにして、俺には【幼女化】なんてチートなスキルがあり、二人も支援精霊がいて、命に代えても守り抜くべき大切なライラがいた。


 だから、俺は泣き叫ぶのではなく、腹を括る方を選ぶことができたのだ。


 結果的に対峙した暗殺者は一人だけだし、結局のところ【幼女化】に成功したので殺しはしなかったけれど、あの時、もし必要とあれば命のやりとりをする覚悟は決まっていた。


 それはつまり、もし俺が暗殺者の命を奪ったときには、その死を背負うという覚悟だ。


 きっとアサシンの方は、俺よりもっと深い覚悟を持っていたのだろう。


 捉えられたアサシンは、幼女化が解けた瞬間に自ら命を絶った。


 彼は何かを守るために、俺の命を奪おうとした。その覚悟をもたらしたのが、彼の信念なのか、誇りなのか、誰かとの約束なのか知らない。


 陳腐な言い方だけど、他人の命を奪おうとするものは、当然、自分の命が奪われる覚悟がなければならない。


 アサシンにはその覚悟があったのだろう。その覚悟の深さだけは、俺にも分かった。


 だから、その覚悟も自覚もなく、他人の命を奪おうとする者は、今の俺にとっては憎むべきものだった。


 だから、このレオンという男を、その男を使ったシャトラン・ハーネスを、俺は許さない。


 俺は、俺を殺そうとして自殺したこの無名のアサシンのために、コボルト村の供養塔で祈りを捧げるだろう。


 だが、もしレオンとシャトラン・ハーネスを俺が殺すことになったとしても、


 俺が彼らのために祈ることはない。


 そう決めた。

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