第116話 グレイちゃんの変身

「シンイチ、今頃戻ってきおったか……」


「ご、ごめんね。で、でもコボルト村にもミチノエキ村にも寄らずに、急いで来たんだよ」


 厳しい言い訳とは知りつつも、少しでもルカの怒りを和らげようと粘ってみた。


「ふーん」


 ルカの冷たい目が刺さる。


「そ、それにしても立派な村長宅が出来たよね! ほんと凄いなぁ! まるで俺が元居た世界の旅館そっくりだよねー!」

 

 俺は今、グレイベア村に新しく建てられた村長宅の和室『流華の間』にいた。上座にどっしりと座るルカの前で、俺は今、正座をさせられている。


 新しい村長宅は、日本の旅館をモデルにして建てられていた。外観や内装は、俺が神ネットスーパーで購入した旅行雑誌を参考にしたものだ。雑誌の写真だけで、ここまで再現できるとは、この世界の建築技術も対したものである。


 玄関には受付だけではなく、お土産店まであったりする。娯楽室には卓球台まで再現されていた。


 さに旅館内の和室はすべて畳敷きだ。実際は畳ではなく、神ネットスーパーで購入した『ござ敷き』を加工したものなのだが、見た目も感触も畳そのものだ。


「あっ、あの~、ルカ様……。そろそろ足がしびれて来たので正座をやめてもよろしかったでしょうか?」


「ふーむ。わらわがお主らの帰りを待ちわびて足をしびらせていたときは、王都で観光を楽しんでいたのにか?」


「ぐはっ!?」


 ルカの鋭い言葉のボディーブローを喰らって、俺は思わず呻いてしまった。


「そ、そそそうだ! お土産! お土産があるよ! ルカちゃんとグレイちゃんのために、カレンが王都で流行のカワイイ服を選んでくれたんだよ! ほ、ほら、これ!」


 俺はパンパンに膨らんだ大きなカバンから、ルカたちの服を取り出し、広げて見せる。


 ルカちゃんは、服を受け取ると、じっくりとそれを眺めてから口を開いた。


「……ふん! まぁ、よかろう。足を崩すがよい」


「ははぁ! ありがたきぃぃ!」


「服はグレイの分もあるんじゃろうの?」


「もちろんでございます」


 俺はカバンからグレイちゃんの服を取り出して、それをルカに渡した。


 ルカは服を受け取った後、手をパンと叩いて声を上げる。


「おーい、グレイ! シンイチが王都土産にお主の服を買ってきてくれたぞ」


 トトトトトッ!


 ルカが声を上げた直後、廊下から小さな足音が近づいてくるのが聞こえた。


「わーい! シンイチ! お帰りー!」


 障子が開けられ、グレイちゃんが飛び込んできた。


「うん、ただいま! ちゃんとグレイちゃんのお土産も買ってきたよ」


「ありがとうシンイチー! 久しぶりにシンイチの足、食べさせてー!」


「ううん。やめてー!」


 俺の返事なんてどこ吹く風で、いつものようにグレイちゃんは俺の足にかぶりついて、ヨダレでズボンをベトベトに濡らし始める。


「ふふふ、本当にグレイはシンイチの足が大好きじゃのう」


「あはは、ほんと、困ったもんだよねー!」


「うーっ、うっ、うっー!」


「ちょっと待って! グレイちゃん、さっき普通にしゃべって無かった!? しゃべってたよね?」


「ようやく気が付いたか。まったくシンイチは鈍いのぉ」 


 ルカが、ジト目で小バカにした感じの目で見下してくる。でも、混乱している俺は文句を言うことさえできない。


「ど、どいうことなの!?」


「それはのぉ。わらわもグレイも、もう幼女ではなくなったからじゃ」


「えっ!? 幼女じゃない? でも……ほら! いま! 幼女だよね? 二人とも幼女だよ?」


「お主が我らを最後に【幼女化】してからどれくらいになる?」


「最後に? 幼女化? ほへ?」


(ココロチン:田中様、二人を幼女化してからもう一年過ぎてます!)


(ほへ!?)


(シリル:王都観光をしている間に、お二人の幼女化が解けてしまったということですね)


(なっ、なっ……)


「なんだってぇぇぇぇぇ!」

(なんだってぇぇぇぇぇ!)


 俺はリアルと脳内で同時に絶叫を上げた。




~ 落ち着いた ~


「つまり、俺たちが王都にいる間に、ルカちゃんはドラゴンに、グレイちゃんはグレイベアに戻ってしまったと?」


「そういうことじゃな」


 なるほど、そういうことだったのか。だがちょっと待て。


 以前、ルカはドラゴンから幼女に変化することができると言っていた。確かにドラゴンなら魔法も使えそうだし、変身くらいのことはできそうだ。


 そして今、実際に目の前でそうしてる……っぽい。


 だが、グレイちゃんはどうなんだ?


 この一年で、グレイちゃんも懐いてるとは思うし、色々と成長してるかもしれないけど、たかだかデカイ熊に――とか言ったら齧られそうだから、口にするのはやめておこう――変身なんて魔法みたいな芸当ができるものなのか?


「もしかして……ルカちゃんがグレイちゃんを変身させたとか?」


「その通りじゃ! シンイチにしては冴えておるの!」


 でも、そんな簡単にポンポン変身させたりできるものなのだろうか。もしそれほど簡単なら、俺をぜひイケメン男子に変身させてもらいたい。


「自分が変身するのと違って、他者を変身させるのは簡単なことではないぞ。本来であればな」


「本来であれば?」


「うむ。グレイちゃんを変身させるに当たっては、賢者の石の力を借りておる。ドラゴンの魔力と制御、それと賢者の石の力で、グレイちゃんを変化させておるのじゃ」


「賢者の石があれば簡単に変身できるの? なら俺を超美男子に……」


「構わんが、もし万が一わらわの制御が失敗したときは、人間ならグシャァァ!っとなるがそれでも良ければいつでも変身させてやるぞ」


 変身に失敗したとき、グレイベアほどの生命力があれば耐えられるかもしれないが、人間なら確実に死んでしまうだろうということだった。


 うん。イケメン変化は諦めよう。


「ま、まぁ、変身はいいや。とにかく二人は俺の【幼女化】スキルで幼女になっているんじゃなくて、幼女に化けてるだけってことなんだね? それって今までとはどう違うの?」


「うーん、そう言われると、それほど違いはないかもしれんのう。まぁ、グレイがしゃべれるようになって……あと腕力が強くなったとかかのぉ。」


 そう言いながら、ルカは天井を向いてタバコの煙を吐き出すような感じで息を吐いた。


 ブフォォォォ!


 息だけでなく、炎がルカの口から噴き出ていた。 

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