第106話 シュモネー夫人の妊娠

 二カ月ぶりに戻ったコボルト村は、すっかりと様変わりしていた。


 まず村内の主な道がキレイに舗装されている。出発前には洞窟から広場くらいまでしか整備されていなかったのに、たった二カ月で村全体にレンガ道が広がっていた。しかも道にはちゃんと側溝が作ってあって、そこに綺麗な水が流れている。


 また建設中だった、マーカス邸やイリアの宿屋が完成していた。どちらも大きくて小じゃれた建物で、村の景観を一気に引き上げている。


「ほへぇ……」

  

 俺はまるで、ここを始めて訪れた旅行者かのように、村のあちこちを見ながら歩いていた。


「シンイチ様……なんだか村の雰囲気が全然変わってしまいましたね」


 俺に腕を絡ませながら一緒に歩いているライラも、村の変化に驚いているようだった。


 ルカちゃんとグレイちゃんも驚いている。


「この道も凄いが、村の建物も全部が立て直しでもしたかのように綺麗になっておるのぉ」

「うっー! ううっ! うーっ!」

「あはは、グレイちゃん、さすがに王都みたいってのは言い過ぎだって!」


 というか、グレイちゃんは王都に行ったことないよね? 行ったら大騒ぎだからね。


「ステファン殿は、街造りについて途方もない才能をお持ちなのですね」


 フワデラさんに、ステファンのことを褒められて、俺はそれが自分のことのように嬉しくなった。いや、俺は何もしてないんだけどな。




~ 一カ月後 ~


 洞窟部屋の一角にある四畳半の畳の間。そこに敷いた布団の中で、俺は隣で眠っているライラの寝顔を見つめていた。


 こうして子供のように無防備な寝顔を見ている限り、ライラは元気を取り戻したように見える。少なくともネフューたちを尋ねる以前のように、塞ぎ込んでしまうようなことはなくなった。


 とはいえ、実際のところはどうなのかは分からない。俺だって、乗り越えたつもりではいても、時々、子供を……春風を亡くした悲しみに胸が張り裂けてしまうことがある。


 ならライラはもっと苦しいはずだ。


 もしかするとライラが元気を取り戻したように見えるのは、ただ俺の願望が反映しているだけかもしれない。


 ライラに幸せになって欲しい。ライラを幸せにしたい。


 そのためにどうすればいいのか、そんなことをずっと考えていた。


 ……。


 ……。


 それにしてもライラの唇はプルンっとしてて、本当に美味しそうだな。


 薄く開いた唇がまたエロっぽい。


 ……。


 ……。


 眠っているライラの唇を、俺は自分の唇でそっとハムハムする。


 口づけではない。ハムハムだ。ハムハムして、ライラの唇の感触を味わう。


「んっ……」


 眠っているライラが、俺の唇をハムハムし返してくる。


 疲れているライラを起こすわけにもいかないので、俺は自制心を一杯働かせて、ハムハム以上のことはしない。


 うむ……。


 何か大事なことを考えていたような気がする。 


 何だっけ?


 考え事をするときの癖で、俺はいつものようにライラの胸を揉んでいた。


 うーん。何だっけ?


「んっ……」


 気が付くと、目を覚ましたライラが俺のことをジッと見つめていた。


「シンイチさま……」

「起こしちゃったか……」


 起きてしまったのなら仕方ない。


 仕方ないよな。


「ライラ……」


「シンイチさま……」


「チュッ!」


 いつものように俺がライラと3時間コースを開始しようとしたその時――


「シンイチィィィィ!」

「うっ! ううぅぅぅ!」


 突然、洞窟部屋にルカとグレイちゃんが飛び込んで来た。


 しまった! 鍵かけ忘れてたぁ!


 この二人以外は、俺とライラが常時ナニしている可能性をちゃんと配慮して、無遠慮に洞窟部屋に入ってくることはない。


 それで、ついつい鍵をかける習慣がおろそかになっていた。


 というか二人はグレイベア村にいたはずでは?


「ちょ、ちょぉぉぉ! ルカちゃん! ノックくらいしてよぉぉ!」


慌てる俺のことなど無視して、二人は俺の布団の上に飛び込んできた。


「ライラとの子作りは後にせい! とにかく大変なことになったのじゃ!」


「大変なこと?」


 どうせ練乳チューブが切れたとか、そんなことだろうと思ったので、つい面倒そうに応えてしまった。そんな俺の反応を見て、グレイちゃんがバタバタと手を振って大変さをアピールする。


「うーっ! ううっ! うっ! ううーっ!」


「えぇぇぇぇぇえ! シュモネーさんが妊娠だってぇぇ!」


 グレイちゃんの叫び声に、俺とライラは目を見開いて驚く。


 フワデラさん、新婚旅行中もかなりハッスルしてたから、近々こういう報せが来るのは予想していなかったわけじゃない。


 ふと脳裡に、ネフューネ村の道中、フワデラさんとシュモネーのテントがフルフル揺れていたときの映像が浮かび、思わず吹き出しそうになってしまった。

 

 ついニヤケ顔になってしまいそうになり、慌てて口元を抑える。笑顔になること自体は、今の状況に即しているので問題ないには違いない。だが、油断するとブホッと噴き出してしまいそうなのだ。


 こんな余計な苦労をするハメになったのは、あのウィンドルフィンが妙な悪戯をしてくれたおかげだ。今はスキルレベルが足りないが、いつかアイツは絶対に幼女化してくれる。


「わかった、ルカちゃん。すぐに二人をお祝いしに行く! これから準備するから、8時間ほど外で待ってて」


「わかったのじゃ! ……って8時間!?」


 驚いているルカを、訳知り顔のグレイちゃんが手を引いて外に連れ出してくれた。


 そして俺は、俺の手をギュッと握っているライラの手の上にそっと添える。


 ライラのターコイズ色の瞳を覗き込んだ俺は、そのままライラを布団の中へと引き摺り込んだ。


 それから8時間――

 

 ……をオーバーして


 俺たちはグレイベア村に出発した。










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