第60話 ショゴスとショゴタン

「こ、これはスライムなのか……ぼくの知っているスライムと全く異なるのだが?」


「これをスライムと言い張るのなら、私、これからは岩トロルを子ウサギって呼ぶわ」


 妖異ショゴタンを目にしたネフューとフィーネの感想がこれだ。


「スライムみたいなものって……これが?」


 俺も二人の意見には全く同意だった。


(……まぁ、ぶよぶよしてますし……ね?)


 ココロチンはまだ言い訳がましくスライムを推す。カチンと来た俺は絶叫した。


「ショゴスじゃねーか!」


 クトゥルフ神話に出てくる神話生物クラスの悍ましい化け物が俺たちの目の前にいた。


 表面は固まる前のコンクリートのような粘度でうねうねと動いている。その表面には幾つもの目玉がぎょろりと動いては再び沈んでいく。


 同じように口が浮き上がってはパックリと開いてギザギザの悍ましい歯を見せては沈んでいった。


「うひぃぃぃぃぃ」


 ショゴタンを挟んで反対側に馬車が見えた。ショゴタンはその馬車を襲っている最中だったようだ。馬車はメキメキという音を立ててショゴタンに取り込まれていく。


 繋がれた馬たちも一緒に呑み込まれていくのを、地面にへたり込んだ御者が呆然と見つめていた。


「ひひぃぃぃぃん!」


「う、うわぁぁぁ」


 馬の叫び声に気を取り戻した御者は逃げ出そうとし始めるが、腰を抜かしているのかその場でジタバタして立ち上がることさえ出来ないようだった。


 シュルルー。


 ショゴタンの頂上から太い柱がゆっくりと高く伸びた。そのゆっくりとした速度に関してはスライム並みと言っても良いかもしれない。


 しかし、柱の先端が鋭く尖った瞬間――

 

 ザシュッ!


 柱が一瞬で御者の身体を貫いた。


「「「えぇっ!」」」


 俺たちは目を合わせる。


「に、逃げよう」


「そ、そうだな」


「そうしましょう」


 一瞬で撤退決議が成立した。ココロチンが慌てて俺を引き留めようとする。


(ちょっと待ってください! 見た目に騙されてはいけません!)


(いや、騙されてないから! 見ただけで正気度削られる奴だから!)


(いやいやいや、あれくらい倒せないと今後の神界クエストなんてこなせませんよ?)


(無理! 無理だから! あれが入門編だったら、もう俺には無理だから!)


 俺は馬を返す。


(同人誌!)


(はぁ? 何言ってんの? 逃げるよ!)


(もんもんキャット先生の「ふわとろ鬼っ娘」最新刊! 欲しくないですか!?)


 俺は動きを止めた。


(詳しく聞こうじゃないか)


(ショゴタンの攻撃で恐ろしいのは、逃げ場のないところであの太い柱を出されたときだけです。この広い場所ならそうではありません)


 いや、聞きたいのはそこじゃないんだけど。


(あの柱は伸び始めた時点で着地点が固定されています。途中で軌道を変えるようなことはありません。動いてさえいれば避けられます!)


 いや、同人誌の話を……。


(ショゴタンは火に敏感です。焼き殺すのは無理ですが、火には過敏に反応します。火で注意さえ引いていれば、後ろから歩いて近づくことも余裕ですよ! 余裕!)


(いや、だから、もんもんキャット先生の最新刊!)


(クエストをクリアできたら、買い物かごの中にこっそり入れておきますから!)


(よし! 乗った!)


 さすがココロチン、俺の動かし方をよくわかっていらっしゃる!


「二人とも! あいつは火に弱いらしい! 距離をとって火矢で注意を引き付けてくれ! その間に俺が近づいて奴をやってやる幼女化する!」


「だ、大丈夫なのか?」


「任せとけぃ!!」


 ネフューは矢を一本取り出し、その矢じりを100均のガスライターの火であぶり始めた。


「火竜の加護宿らん」


 矢じりが真っ赤に輝いて炎を纏う。フィーネもまた同じようにして矢に火を灯す。


「現代科学と異世界魔法のコラボレーションやぁ!」


 俺の言葉をスルーして、二人はショゴタンに向かって馬を走らせる。スルーするなら俺のことをチラ見せず、完全に無視して欲しかった。


「よし、行くか!」


 俺は二人と反対側からショゴタンに近づく。約20mまで近づいたところで俺は馬を降り、そこからは小走りでショゴタンに向かっていった。もし馬が予想外の行動を取った時に制御できる乗馬スキルは俺にはないからな。


 ショゴタンの移動速度は非常に遅い。ネフューたちが注意を引き付けてくれているので、俺は大胆にショゴタンに近づいて行った。


 それにしてもデカい。建物二階ぐらいの高さのぶよぶよが俺の目の前にそびえ立っていた。


 怖気づいてしまう前に、俺は手を十字にクロスさせてショゴタンに向けて叫んだ!


「【幼女化ビーム】!」


 俺の腕から光がジグザグにショゴスに向かって発射される。


「ん……?」


 が、ショゴタンは幼女化しなかった。


「ほへぇ!?」


 ショゴタンのビームが当たった部分に目が浮かぶ。その目が俺にぎょろりと向けられた。


「うひぃ!?」


「シンイチ!」


「【幼女化ビーム】!【幼女化ビーム】!【幼女化ビーム】!【幼女化ビーム】!【幼女化ビーム】!【幼女化ビーム】!【幼女化ビーム】!」


 俺は怖くて目を閉じつつも、ひたすらビームを連発した。


≫ ショゴタンを幼女化しました。残り時間 364日 23:58:53

≫ EONポイントを6万ポイント獲得しました。

≫ 魔力デポジットが不足しています。

≫ 魔力デポジットが不足しています。

≫ 魔力デポジットが不足しています。


 再び目を開いたときには、目の前には幼女(のようなもの)が立っていた。


「はぁ……はぁ……」


(討伐しますか? 捕獲しますか? 捕獲の場合、妖異専門の回収班がすぐに来ます)


(捕獲で)


(了解しました。1分以内に到着するとのことです)


 ネフューとフィーネが俺の無事を確認し、馬上で大きなため息をついていた。


「シンイチ…無事だったか」


「よかった」

 

 幼女(のようなもの)は、じっと立ったままで微動だにしない。


「死んでるのか?」


 俺が少し顔を寄せると、その身体から複数の目が浮かびあがって周囲をキョロキョロと見渡した。


「「「うひぃぃぃぃぃ」」」


「「「ひひぃぃぃん」」」


 俺たちは馬もろ共に絶叫を上げた。


「到着! お待たせしました!」


 目の前に扉サイズの黒い空間が現れ、その中からSWATっぽい格好をした人たちが6人飛び出してきた。


「妖異はどちらですか?」


 俺は震える手で幼女(のようなもの)を指さす。


「了解!」

 

 回収班は黒い袋をショゴタンに被せると、袋を担いで黒い空間の中へ消えていった。最後の一人が黒い空間に入る直前、俺たちに振り返って、


「ご協力に感謝します! 捕獲、お疲れ様でした! 」


 敬礼の後、黒い空間へと消えて行った。ほぼ同時に黒い空間も消失する。


「化け物が消えた……」


 どうやら回収班の姿はネフュー達には見えていなかったようなので、俺は簡単に状況を説明する。


「そうか回収されたのか」


「これで終わったのよね」


「うん」


 それでも俺たちは、しばらくその場から動くことができなかった。





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