第32話 二人だけのハーレムパーティ

 二人の姿は遠い異国からの巡礼者のようだった。あるいは宗教絵画に描かれている楽園を追い出された狼と女のようだと、すれ違う人々は思った。


 ステファンは寡黙に歩き続けた。その後ろをライラは黙って付いていった。


 最初、ステファンが訪れたのは女戦士の実家だった。家人は彼を認めると、彼を女戦士の両親の前に突き出した。


 絶望と復讐の怒りに燃える両親に、ステファンは女戦士が肌身離さず身に着けていた短剣を差し出し、そのまま地面にうずくまった。


 両親はただ怒りに任せてステファンをなじった。女戦士の父は、怒りのあまり剣を持ち出してステファンを斬って捨てようとする。


 瞬間、ライラは父親の前に踏み出してその手から剣を奪った。


「ライラ、やめるんだ!」


 ライラは動きを止めた。


「二人にはその権利がある……」


 そういって再びステファンは沈黙した。


「立て……ステファン」


 剣を取り戻した父親は、目の前のステファンに対して剣を上段に構える。


「ライラ、動くな」


 奴隷契約はもう解除されているのにもかかわらず、ステファンの言葉にライラは動けなくなった。


 父親が剣を一閃すると、ステファンは顔を押さえてその場にうずくまる。手の間からは血がとめどなく流れ出た。


「ジョナサン、薬と包帯を渡してそいつを追い出せ。ステファン、もう二度と我が家に関わるな」


 女戦士の父は剣を収め、泣きじゃくる妻の肩を抱いて奥の間へと消えて行った。


 次にステファンは女僧侶の実家へと赴いた。


 女僧侶の両親は形見の品を受け取るとさめざめと泣き続けた。ステファンのことを責めることなく、ただ泣いていた。ステファンが去るとき、彼らは見送ってくれたが、その姿はまるで朝を迎えると消えてしまう幽霊のように見えた。


 次にステファンは女魔術師の実家へと赴いた。


 女魔術師の父は大事な愛娘の死を受け入れることができなかった。ステファンとライラが止める間もなく、彼は短剣を自らの胸に突き立てた。


 臨終の間際、父親はステファンにこの世界の全てのゴブリンを屠るよう言い残した。その言葉には魔力は一切込められていなかった。ゴブリンに対する復讐心から出た言葉でしかなかった。しかし、その言葉はその後のステファンの生涯を呪うものとなる。


 この瞬間から、彼はゴブリンを殺すものとなった。


 次にステファンは女盗賊の実家を訪れようとしたが、その前にライラに彼女の生存を告げられた。その話はコボルト村でステファンも聞いていたはずとライラは主張するが、彼にはその記憶が一切なかった。


 あの村のことは夢ではなかったかと、今ではそう感じ始めていた。


「そうか生きていたか……よかった。よかった。よかった」


 ステファンはその場に泣き崩れた。



 ~ ライラ ~


 ライラはこれまでステファンのことが大嫌いだった。憎んでいた。だが奴隷契約で縛られている以上、彼のどんな横暴にもひたすら耐え続けるしかなかった。


 彼女はただひたすら苦痛に耐え続ける日々を送ってきた。目を閉じ口を閉じ心を閉じ続けてきた。


 敵と戦う瞬間だけが、溜めていた怒りをぶつけることのできる、彼女にとって唯一の安らぎの時であった。


 ずっと苦悩に耐えてきた彼女だからこそ、ゴブリンに襲われても彼女だけは生き残ることができた。


 女戦士よりしたたかにしのび、女僧侶のように力尽きることなく、女魔術師のように舌を噛みはしなかった。ゴブリンに伸し掛かられても、彼女にとってはこれまでステファンにされてきたことと大差なかったから。


 だからステファンの左腕がゴブリンに切り落とされるのを見たとき、ライラはいい気味だと思っていた。右目を失った痛みを忘れるくらい、苦しむステファンの姿を見るのが楽しかった。


 救出された後、彼女はコボルト村のリーダーであるシンイチから馬を借りて、クエストの報酬を受け取るためにステファンと街に戻った。


 ライラはステファンが弱っているうちに奴隷契約を解除して自由の身になろうと考えを巡らせていた。


 しかし、何も良い方法が思い浮かばないまま時間だけが過ぎてしまった。


 結局、ライラはコボルト村に出向いてシンイチにクエスト報酬の半分を渡した後、再び街道を行く旅馬車に乗ってステファンの下へと戻ってきた。


 そのときのステファンは完全に酒に溺れ、まともに会話をすることさえ難しくなっていた。


 そして、ついにライラはステファンから奴隷契約書を奪ってコボルト村に逃亡し、シンイチに奴隷契約の解除を願おうと決心するに至った。


 あのシンイチという男はずっとわたしや他のパーティメンバーを欲情した目で見ていた。最悪、自分の身体を与えれば彼が力になってくれるはずだとライラは確信していた。


 自分の胸をシンイチは何度もしつこく凝視していた。あのときには不快しか感じなかったが、今はそれがライラにとっては希望の綱となっていた。


 ステファンに無理やりなぐさみものにされた後、井戸で身体を洗っているときに、ライラは決心したことを実行に移そうと考えた。


 そしてそのときに、宿の二階に借りているステファンの部屋から絶叫が聞こえてきたのだ。


 その後のことは様々なことが目まぐるしく動いていったのでよく覚えていない。


 ふと気が付いたときには奴隷契約は解除されていた。


 ふと気が付いたときには、彼を切り殺そうとする剣を止めようとし、その剣を止めるなとステファンに叱られた。


 その後もステファンの後を付いて歩いているが、その理由はライラ自身にもよくわからない。


 ただ道の途中で女盗賊の生存を知ったステファンは、ライラの目を見つめながら、次の行く先がコボルトの村であることを告げた。目を見て話すのはとても久し振りのことだった。


「パーティは俺たちだけになってしまったんだな……」


 ステファンがそうつぶやいて歩き始める。


 ライラは前をあるく落ちぶれた男の背中を見ながら、この男の行く末を最後まで見届けようと心に決めた。





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