第30話 ハーレムパーティ3

 身勝手な欲望をライラに叩きつけたステファンは、ベッドの端に腰かけ、また酒を煽り始める。


 ライラは静かに身を起こすと一礼をしてそのまま部屋を出て行った。しばらくすると宿の裏手にある井戸小屋から水音が聞こえてくる。ライラが身体を洗っているのだろう。


 ステファンは知っていた。


 ライラが自分のことをずっと憎んでいることを知っていた。もし奴隷契約を解除すれば、彼女はすぐにでも自分の下を去って行くだろう。


「どうせ、もう俺は一人なんだ。いや……今までだって一人だったのだろうな」


 ベッドに身を投げると生まれてから今までのことが走馬灯のように思い起こされた。そしてこれからのことに思いを巡らせる。


(楽園の門は俺に対して完全に閉ざされた。きっと死んだ仲間たちは門を越えて行ったはずだ。俺はもう彼女たちに会うことはできない。スプリングス家の祖先たちも、俺にその門をくぐることを許すまい)


(いっそのこと魔王軍の元へ行って、悪魔の手先として働いてやろうか)


 これは名案だとステファンは思ったが、失われた自分の左腕の先を見て自嘲する。


(こんな役立たずでは悪魔からも嫌われるだろうな)


 だが悪魔への身売りという彼にとっての不信心な思い付きは、ステファンに意外な心の変化をもたらした。


 心の中のとばりが取り払われるかのように、ゴブリンから自分を助けてくれた亜人や獣人たちの姿が目に浮かぶ。


 それまでは彼の信仰心のせいで、穢らわしい黒い影にしか見えていなかった白狼族の少年や、自分たちを洞窟から救出してくれたシンイチというとコボルトたちの顔が思い浮かんできたのだ。


(あれだけ俺が蔑み忌み嫌っていたにも関わらず、彼らは俺たちをゴブリンから救ってくれた。傷ついた俺たちの手当をし、亡くなった仲間を弔ってくれた。馬を貸し、報酬を分けてくれた)


 彼らを凝り固まった偏見を通してのみ見ていた自分の醜い姿も思い起こす。自分の方がよほど邪悪な存在ではないかとステファンは涙した。


(俺は……俺はバカだった。全部間違えてしまっていたんだ)


「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」


 押し寄せてくる後悔と自分が犯してきた罪の重さに押しつぶされ、彼は激情に呑まれるのを止めることができなくなった。涙はとめどなく溢れ、鼻水が垂れ、叫ぶ口からはヨダレが流れるままにした。するしかなかった。


「ご、ご主人さま!」

 

 ステファンの叫び声を聞いたライラが慌てて部屋に戻ってきた。だが、泣き喚き続けるステファンに対し、彼女はただオロオロと見守ることしかできなかった。


 ライラが戻ったことにステファンが気が付いたのは、宿の主人が彼の叫び声に驚いて部屋に駆けつけてきたときのことだった。


「おいあんた大丈夫か!?」


「あ、ああぁ、大丈夫だ、騒ぎ立てて済まなかったな」


「本当に大丈夫なんだろうな」


「あぁ、もう出発するよ。迷惑かけたな」


 ステファンは宿屋の主人に金貨を1枚手渡した。


「こ、こんなに!? いや、こんなには貰えない」


「いいから、迷惑料だと思って受け取ってくれ」


 そうしてステファンはすぐに身支度を始める。今ではもうライラに手伝ってもらわないと自分のことさえ満足にできない。


「ライラ、奴隷商会へ行くぞ。俺はその後に街を出る」


「はい」


「お前の奴隷契約は解除する。その後は好きにすればいい」


「はい……えっ?」


 驚くライラをそのままにしてステファンは奴隷商会へ足を運ぶ。そこでライラの奴隷契約を解除し、預り金を受け取るとそれをそのままライラに手渡した。


「長らく世話になった。これくらいの金じゃ足りんだろうが、今の俺がお前に渡せる全てだ。今まで俺の勝手に突き合わせて悪かったな」


「……ご主人様」


「もう俺はお前の主人ではないよ。今までのことを考えると、俺を殺したいと思ってるのかもしれんが、それは少しだけ待って欲しい。やるべきことを済ませたらちゃんと殺されてやる」


 ライラは目の前にいる人間が本当にかつての主人なのか、その確信を持つことができずに困惑していた。ついさっきまで酒浸りで暴れていたステファンとはまるで別人のようだからだ。


 自分が井戸で水を浴びていた短い時間に、一体何があったのだろうとライラは思った。


「では達者でな」


 ライラの返事を聞くことなくステファンは歩き始めた。今や自由の身となったライラは、いろいろと頭を巡らせた。故郷に帰ろうかとも考えた。


 ステファンはフラフラと頼りなげに街の外へと歩いて行く。その背中をライラは呆然と見つめていた。


 ステファンの姿が街の門を越えるのを見届けて、ライラは――


 彼の後を追った。




 ~ コボルト村 ~


(ちょっとちょっとココロチン、どういうことなのさ!?)


(ハァ……わたしに言われましても……)


 マーカスたちが奴隷たちを救出してから二週間が過ぎた。


「探知。詳細情報つけて頼む」


 と俺はつぶやく。


▼ カレン・エルダレン(神官、人間族♀、24歳、金髪碧眼、ぼんきゅっぼん)

▼ エルザ・バレンティーヌ(無職、人間族♀、16歳、栗毛黄金、将来有望)

▼ フィーネ・ガラリエル(レンジャー、エルフ族♀、84歳、銀髪緑目、スレンダー)

▼ ミモザ・スズウッド(無職、人間族♀、12歳、黒髪黒目)

▼ ミッシール(無職、大陸狼族♀、10歳、栗毛碧眼)


(ちなみに「無職」と表示されているのは、職業スキルレベルが一定値に達していないという意味であって、決して転生1年前の田中様が自宅で警備されていたような何も職に付いていないという意味ではありません)


(そんなはいらねーよ!)


(そうですか)


(そんなことより、どうしてだよ!)


(どうしてと言われましても……)


(どうしてどうしてどうして)


 どうして誰一人として俺になびいてくれないんだよぉぉぉ!





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