第17話 ネフューの涙
野営地周辺でコボルトの集落に適した場所がないかネフューとロコに探索してもらう。その結果、候補地は3か所見つかった。
ひとつは、開けた平地で水辺が近く最も生活しやすい場所だった。しかし、旧街道に近いため人目に付く可能性が高い。
ひとつは、グレイベアの住む穴倉。住みやすい環境ではあるものの、
ひとつは、ゴブリンの洞窟。ここはゴブリンさえ一掃できれば、すぐにでも住み始めることができる。しかし偵察時に8体のゴブリンを確認。外から洞窟の深さはわからないけれど、足跡の数からしてゴブリンはその倍はいるだろうと思われた。
「あれだけの規模となると、既にゴブリンのクエストが発注されているかもしれないな」
ネフューがそんなことを言った。
ネフューは先ほどから熱心に木の棒をナイフで削っている。
今回のクエストが終わったらネフューは弓を購入する予定だったのだが、
「当面は色々とお金が必要になるだろうし、それに自分で作った方が手になじむから」
と言って弓矢を作り始めたのだった。
確かにその手際を見ていると、さもありなんと思えてくる。しかし、バーグの街で武器屋に寄ったとき、彼が店頭に飾られている魔法弓の前で長い間足を止めていたことを俺は知っている。
だけどネフューはコボルトたちの集落建設のために自らの報酬を回してくれた。特に覚悟を決めたりドヤ顔することもなく、さも当然のように報酬を放棄した。
イケメンだ。俺はイケメン顔は大っ嫌いだが、心のイケメンは大好物だ。
やっぱりネフューはいい奴だったよ。
最初から俺はそう思ってたけどね!
俺が目に精一杯の尊崇の念を込めてネフューを眺めると、ネフューは訝し気な視線を返しながら話を続けた。
「マーカスたちが帰ってきたらゴブリンのクエストが出ていなかったか聞いてみよう。もし誰も受注していなかったらぼくたちで受ければいいし、他の誰かが受注済みだったら彼らが仕事を終えるのを待ってから乗り込めばいい。何だったらゴブリン退治を手伝うのも良いかもしれない」
ゴブリンという単語が出る度にロコは顔をしかめて見せる。よほどゴブリンが嫌いらしい。
「ゴブリン、わるい、ひどい、きたない、おれたち、なかま、こども、くう、おんな、おそう、おんな、なく」
俺がゴブリンのことを良く知らないことを察して、ネフューがゴブリンについて説明してくれる。
「ゴブリンは緑色の肌をした小鬼だ。数匹程度なら脅威にならないが、やつらは集団で行動するので質が悪い。頭も悪くない。少なくとも悪辣さに関しては人間以上に知恵が廻ると言っていい。いいかシンイチ『ゴブリンを決して侮るな』。この言葉を心に刻んでおいて欲しい」
「ゴブリン、いっぴき、よわい、ゴブリン、いっぱい、つよい、とても、つよい、コボルト、ニンゲン、モリノニンゲン、いっぱい、くわれた、おんな、おそわれた、くわれた」
ロコも俺にゴブリンの恐ろしさを伝えようとする。ネフューはロコが話終えるのを確認してからさらに説明を続ける。
「ゴブリンの性質を一言でいえば『残忍』だ。獲物をただ殺すのではなく、
「ぼくの生まれた村では『虜囚の辱を受けることなかれ』という教えを子どものころから叩き込まれる。それで成人する際に祝福された短剣を授かるんだが――」
そう言ってネフューは懐から短剣を取り出して見せてくれた。刃が薄い青色を纏った不思議な短剣だった。
「これは自決用だ。成人のときに今言った言葉の意味を教えられる。それはゴブリンに捕まることがどうあっても避けられない事態になったら、この短剣を使えということだ」
「ぼくたちエルフはゴブリンを憎んでいる。それ以上にゴブリンたちはエルフを憎んでいるんだ。そんなゴブリンにもしエルフが囚われると……」
ネフューの目が俺の目をじっと見つめた。ゴブリンに囚われたエルフの運命について聞くかと問うているのだ。俺は目を閉じて静かに首を横に振った。そんな分かり切った残虐で恐ろしい話なんて知りたくもない。
「……ぼくの姉はこの短剣で命を絶った」
ネフューは喉から絞り出すような声で言った。そんなネフューに対して俺は何も言えなかった。ただネフューの瞳から目を逸らさず見つめ続けるしかできなかった。
「姉は最悪の運命から逃れることができたよ。だけど……」
ネフューの目に涙が溢れ流れだす。ロコは耳を垂らしうつ向いている。
「ぼくは……生き残ってしまった。ぼくには地獄だった……ぼくは……ずっと隠れて……見ていることしかできなかった」
ネフューが両手で顔を覆い身体を屈める。涙を見せまいとしているのか、平静を問い戻そうとしているのかわからないが、ただ嗚咽は抑えきれずにいた。
俺はネフューの傍らに座り直し、彼の背中をひたすら撫で続けた。
「うおぉぉぉん!」
ロコが哀しみの咆哮を上げる。
「「「「うぉぉぉぉぉん!」」」」
それに続いてコボルトたちも一斉に咆哮を上げた。
俺を含めその場にいた全員がネフューのために泣いていた。
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