第16話 ココとロコ

 俺はロコに向かって話しかけた。ロコの後ろでは幼女(コボルト)たちが身を寄せ合って震えている。

 

「俺はシンイチ。俺たちはこれからお前たちをどうするのか考えているんだ。わかる?」


「わかる。シ、シンイチ、おまえたちつよい。すきにする」


「そうだな」

 

 俺はロコの背後にいる幼女たちに目をやる。誰一人逃げようとするものはいなかった。正直、いくらか逃げてくれた方が良かった。スキルレベルは上げたいが、こう数が多くては扱いに困る。


「どうしたらいいと思う?」


「……ココ、きめる、ココ、いちばんつよい、ぜんぶ、ココ、きめる」


「なるほど、それでココっていうのはどこに居る?」


 ロコが幼女たちに顔を向け「ココ!」と声を掛けると、幼女たちは一斉に首を横に振った。


「ココ、いない。ココ、かお、きず、おおきい、きず」


「あの狂暴な雌のことじゃねーか?」


 マーカスの言葉を聞いて、俺は、俺を殺そうと掛かってきたコボルトを思い出す。確かにあいつの顔には大きな傷があった。


「顔に傷があるコボルトなら死んだよ」


 俺の言葉を理解したロコは驚いた表情を一瞬見せた後、


「ココ、しんだ? だれ、ころす、ココ?」


 マーカスとネフューとヴィルが一斉に俺の方を指さした。


「ちょっ、止め刺したのはおっさんだろ!」


「いや、あの戦いにおいて勝利を決定的にしたのは坊主の【巨乳化】だった。お前が勝者で間違いない。というかハッキリ言って面倒ごとはご免だ」


「ちょっ、本音が隠せてないよ!?」


「あれはシンイチの手柄だな」


「おっぱいをいっぱい大きくしたから勝てたんだよ! 兄ちゃんが勝ったんだって!」


 ロコが俺の方を見て言った。


「ココ、ころす、おまえ、いちばん、つよい、おれたち、シ、シンイチ、したがう」


 俺は開いた口が塞がらないままフリーズした。約5秒間でフリーズ解除した後、他の三人に視線を素早く送ったが……。


 三人ともそれ以上の素早さで目を逸らした。


「おいおいおいおい、俺にコボルトのリーダーなんか勤まるわけないだろう?」


「じゃあ、殺すか? ここに置いて行くわけにもいかねだろう」


 マーカスのおっさんが物騒なことを言い始めた。


「もし彼らが元の場所へ戻った場合、ギルドからペナルティが課せられるかもしれないね」


 ネフューが俺の目を見据えながら言う。

 

「兄ちゃん……」


 ヴィルのすがるような視線が胸に痛い。


 なんだろう? この話の流れ。とても良くない方向に流れていく悪寒がする。主に俺にとって悪い方向へ。


「シ、シンイチ、したがう、おれたち、したがう、うぉ、うおぉぉぉん!」


 ロコが咆哮すると、他の幼女たちもそれに従って一斉に咆哮を始めた。今ではロコと全ての幼女の目から怯えが消えていた。


 それどころか目をキラキラさせて「うぉ、うぉぉぉん」と咆哮を上げる。


 これまでずっと幼女(コボルト)の面倒を見てきた俺はこの咆哮が喜びと期待に満ちたものであることが十分に理解できた。理解したくなかったけど。


 ロコと全ての幼女たちが俺の方を見て尻尾を激しくパタパタ振っている。


「とうとうコボルト村の酋長に就任しちまったか。坊主、がんばれよ」


「そう悪い話でもないと思う。少なくともシンイチがリーダーの間は人を襲うのは止められるだろう」


 こうして俺はコボルト達からリーダー認定されてしまった。


「兄ちゃん、一番の子分は俺だよな! なっ!」


 ヴィル……。




 ~ しばらく後 ~


「そんじゃ荷馬車を返してくるわ。クエスト報酬を受け取ったら馬を連れて戻る」


 マーカスがヴィルと一緒に空の荷馬車で街へと戻っていた。


 俺とネフューとコボルトたちは、旧街道から少し山に入ったところにキャンプを張ってマーカスたちの帰りを待つことにする。


 待っている間、ネフューはロコを連れて周囲の山へ探索に行った。コボルト達が住むのに適した場所を見つけるためだ。


 残った俺はキャンプからあまり離れすぎないようにしながら採集をしていた。俺の後ろをすっかりなついてしまったコボルトの子どもたちが付いてくる。 


「シンイチ、コレ、タベモノ」


「シンイチ、オイシイ、コレ」


 コボルトの子どもは、木の実やキノコを見つけてはいちいち俺のところに持ってきて見せる。キノコはココロチンが食べられるものとそうでないものを教えてくれるので安心だ。


「これは食べられるキノコだぞ、えらいえらい」


 俺が頭を撫でると尻尾をめちゃくちゃパタパタさせて喜ぶ。それを見た他の子どものコボルト――子コボルトでいいか――が、自分たちも負けていられないと食べ物探しに精を出す。


 マウンテンベリーで手を一杯にして持ってきた子コボルトの頭を撫でる。その口元はベリーの紫色に染まっていた。


「はぁ……もうこれは仕方ないな……」


 俺はため息をつく。もはや、この子たちに情が移ってしまった自分を自覚せざる得ない。他のコボルトだって同じだった。


 少なくとも俺に保護を求めて身を寄せてきた彼らを守ろう。少なくとも彼らが自分の集落を持って自立することができるまではそうしよう。


 それに【幼女化】スキルを上げるのもこれで少しは楽になりそうだしな。


(ジィィィィィ)


 いや、ほんと、コボルトたちを守りたいってのはホントなんだよ!

 

 ホントだよ!?





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