第3章「悪魔パイエティと卑の世界」
第11話「明かされる世界」
「おじゃまします」
ヘルメットを抱えた
「遠慮しなくていいから」
亜紀の言葉は匠へと向けられていたのだが、
「しねェぜ」
最後に入ってきたベクターフィールドにいわれるのは
「あなたは少し遠慮して……」
亜紀が肩を落とす。助手席に座っていただけとはいえ、同じくVFRを追った後、悪魔が駆るスバル360との激走を演じたソアラに乗っていた疲れがドッと出て来たという所か。
「すみません」
それに対して匠が頭を下げるのも、亜紀に苦笑いさせてしまう。
「彼氏さん、ですよね?」
ベクターフィールドに対し、そんな事をいうからだ。外見だけをいうならば、ベクターフィールドは189センチの長身に、ハーフらしい風貌を持っている。ぶっきらぼうな印象を受けるが、男の匠から見れば長所に映る。洋食や町中華が好きで、趣味がテレビゲームという内面は外からは見えない。
「んな訳ねェ」
しかしベクターフィールドは振り向きもせずに否定し、部屋に奥にいるであろうちまに向かって背伸びした。
「わふ、わふ!」
そのベクターフィールドを見つけ、ちまが鳴いた。
「おーおー、起きてたか」
屈んで抱き上げる準備をするベクターフィールドであったが、今日はちまが駆け寄ってこない。
「?」
ベクターフィールドが首を傾げるが、ちまにはちまで駆け寄れない理由があった。
ベクターフィールドが保護しろといった
通常の人間には見えない霊だが、犬には何か人にない能力があるのかも知れない。
「おかえりなさい」
神矢の声が聞こえるのも、ベクターフィールドと亜紀だけだ。
「ただいま」
亜紀の返事は二人へ向けられていたとしても、匠には神矢の姿は見えていないし、声も聞こえていない。
「お茶淹れる。落ち着いたら、少し話を聞かせて」
亜紀もキッチンの方へ行こうとするのだが、匠は「でも……」と混乱した顔をしてしまっていた。
「ベクターフィールドと私はバディ。彼氏彼女って訳じゃないし、私はモテないから」
また亜紀は苦笑いさせられた。
***
温かい紅茶を飲んで落ち着いた匠へ質問したかったのはベクターフィールドの方だ。
「バイクなんだが……そのジャケット、どこで買ったって?」
ルイスレザーズのサイクロンとなれば10万を超える高級品である事は、ベクターフィールドとて知っている。高校生には手が出ないはずだ、
「港の方に、新しいバイク屋ができたじゃないですか。新規開店っていう事で、セールもやってて、そこの中古で……」
「新しいバイク屋っていうと、ライラックか?」
「はい……」
途端にベクターフィールドは苦い表情を浮かべる。
「あんなとこで買い物するもんじゃないぜ」
この「バイク屋」という業界は、一般人が知らない事が多い。広い敷地に大量のバイクを並べていれば、大抵の人が大手と思うかも知れないが、全国にチューン展開しているのは一社だけ。店がどれだけ大きくとも、大抵のバイク屋が業界全体から見れば中堅だ。
ライラックも、そんな一社に過ぎない。五階建てでガラス張りのおしゃれなショールームを備え、地方にも展開しているが中堅でしかない。
「旧車も扱ってて、セールの時は客も入ってるが、その実、希少性だのヒストリックだの
人から聞いただけの話ではなく、ベクターフィールドも実際に足を運んでいたからこそいえる言葉だ。
「ガソリンタンクもオイルタンクも、外装は塗り直してるけれど、中はサビがある。電装なんてビニテ巻きだぜ。信じられるか」
いくらでも悪口ならば出てくるくらいの店だった。
そしてベクターフィールドから出てくる悪口といえば、極めつけのものがあり……、
「そのくせ、確かオーナーは二輪はアグスタ、四輪はフェラーリ。BMWはバイクと車の両方を持ってやがるんだぜ」
バイクに対する姿勢、またオーナーの身なり、それらを加味したら、亜紀にも浮かぶ言葉がある。
「典型的な悪徳業者じゃないの」
「その通り」
ベクターフィールドも頷くが、匠は「うーん」と唸ってしまう。
「でも本当に、このジャケット2万だったんですよ……」
悪徳ならば、プレミアム価格で販売してもおかしくなかったはず、という思いがある。
「まぁ、そこは……」
ベクターフィールドは。悪口をいった後なだけにばつの悪い表情をして、
「劣悪なのはレストア部門であり、パーツや消耗品、アパレルの販売部門の話じゃねェからな。消耗品やウェアは安いぜ」
「だからレストア部門の劣悪さをカバーできてる、とか?」
口を挟んだ亜紀の言葉は、
「まぁ、しかし分かったぜ」
ベクターフィールドはアイスティーを煽ると、全てのピースが集まってくれたと目を細めた。
――あの悪魔と契約してるのは、このライラックの社員だぜ。
匠に知られないように、ベクターフィールドは亜紀へIMクライアントから送った。
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