第8話「だからこそ言葉は届く」

 この地域にある自動車専用道は三本。


 外周を走る環状になった道路と、その中心を通るX字に結んだ二本の道路は、週末ともなれば四輪も二輪も違法競技型暴走族が集まる場所に変わる。


 ――スピード出せれば最高なんだろうけどなァ。


 環状道路を愛車で走るたくみの耳にも、甲高いエンジン音と、タイヤがアスファルトを噛むスキール音とが届いてくる。


 ――のぞいていく?


 音が聞こえる方を向く匠の愛車は、今も走り仕様だ。もう製造されて数十年が経つが、250ccの2ストロークエンジンを搭載した名車RG250ガンマは、匠が手をかけ続けているのだから輝きを失ってはいない。


「いいや、我慢だ」


 わざわざ声に出していった匠の脳裏には、今日、「頑張って」といってくれた亜紀の笑顔があった。


 ――警察なんていけ好かない奴らばっかりで、何が何でも自分が悪いっていわせてから切符切るのが趣味みたいなのしかいないって思ってたけど、あの人は違ったからな。


 杓子定規しゃくしじょうぎというのならば亜紀の相当なものであるが、マウントを取るためだけに法律を振りかざし、半ばストレス解消のようにモノをいうタイプではない事が、匠を素直にさせた理由だろうか。


 ――自分でも信じていない事を偉そうにいわなかったからな。


 だから亜紀のいう事は守ろうという気になる、と考えられるのは、匠と亜紀の波長が合っているという事だ。亜紀の言動は嫌われやすい。



 軽く流して帰る――そう思った時だ。



「!?」


 ミラーに、パッシングしながら近づいてくる後続車がある。


「やらねェよ」


 左の方向指示器を点け、スピードを落として車線を譲る匠であったが、後続車は抜く寸前に、不快な音を立てさせた。


 ガリガリと耳障りな音を立てたのは、匠が駆るガンマのミラーを擦った音だ。


「当てやがったな!」


 そうなれば匠も頭に血が上る。


 加速するためにギアを落とし、アクセルを全開へ。250ccという中型バイクだが、ガンマのエンジンは2ストロークエンジン。現在の4ストロークエンジンに比べれば、倍近い出力を絞り出すマシンだ。


 追い付く。


 視界に灰色に赤いラインの入ったバイクが飛び込んでくる。


 ――VFRか!


 こちらもホンダの旧車だった。


 ――突っかかってきたのは、それが理由か!?


 カッと頭に血を上らせてしまう匠だったが、その理由は違う。



 このVFR400こそ、亜紀が見た霊なのだから。



 それを匠が知る術はないのだが……。



***



「まぁ、山はないしな」


 その環状線へベクターフィールドのソアラが入っていく。匠がいつ環状線を走っていたかを亜紀から聞き、張っていた。違法競技型暴走族というならば、ホームグラウンドになりそうなのは自動車専用道か峠道。しかし、この近辺に手頃な峠道はない。


 場所の見当がつけば、後はベクターフィールドの本領だ。


 ――まぁ、唯一の懸念は、甘粕あまかすが助手席にいる事だけどな。


 匠をつけ回している霊が神矢の事件と関係しているというならば、亜紀に来るなという方が無理だ。ベクターフィールドが載せなければ、自分の車ででも来る事だろう。


「いた!」


 匠の姿は、亜紀が先に見つけた。


 VFRを追うガンマのライダーが着ているのは、見間違える事などない


「匠くんのレザージャケット!」


「だとしたら、アホだぜ。あいつ」


 ガンマを加速させている匠に対し、ベクターフィールドは鼻を鳴らした。


 しかしアホというのは、スピードそのものではない。


 VFRの背後につき、スリップストリーム――ベクターフィールドはアメリカ風にドラフト走行という――の体勢を取った事だ。


「ガンマとVFRじゃ排気量も馬力もトルクも違うから、抜くなら常套手段でしょ?」


 亜紀の見立ては正解だ。匠もそう思って後ろについた。


 だがベクターフィールドは、レースではない、という。


どうすんだ?」


 事実、VFRのブレーキランプが赤く点る。



 俗にいうブレーキテスト――危険行為だ。



 これを想像していなかった点に対し、ベクターフィールドはアホといったのだ。


「!?」


 泡を食う匠だったが、奥歯が砕けるのではないかと思うくらい強く噛みしめながら、ギアを落とす。加速しようとアクセルを開いてしまったのだから、ここでの急ブレーキは転倒に繋がる。


 ――エンジンブレーキ! 効けェッ!


 祈るように減速させた匠は、加速し始めた状況に救われた。


「ドラフトは、ライダー同士の信頼関係でできるんだぜ。あいつは、匠クンを事故らせにきたんだろ? 最高のシチュエーションじゃねェか。レースだと思ってたら、殺されるぞ」


 ベクターフィールドの指摘は正しい。


 違法競技型暴走族であるが、匠も公道レーサーというプライドと、それが形作ってしまう先入観を持ってしまっている。


「追い付いて、止めさせて」


 亜紀も顔を青くしていた。


 しかし最高速というのならば兎も角、加速では280馬力を誇るベクターフィールドのソアラもバイクには一歩、及ばない。


「ターンの時しかないぜ」


 舌打ちしたベクターフィールドは、ハンドルを一度、パンッと強く叩く。


 ターン――コーナーリングを指す北米式の用語――も、危険な箇所であるからだ。


 ――多分。狙ってくるのは、だろうぜ。


 敵の手を予想できる事だけが、ベクターフィールドの強みだ。


 二台のバイクを追うためにアクセルを踏み込んでいく。

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