第2話 『師匠の弟子』を名乗る師匠

 目が覚めたとき、すでにそこには誰もいなかった。床にはすでに艶やかさを失った黒いシミができている。


 ブスタスの創った柱はボロボロに崩れ、床に散らばっている。

 服は前と後ろに大きな穴が空いていた、腹の傷は完全に修復していた。


「とりあえず、服を買いにいかないとな……」


 なぜ自分が足手まといだと思われ、追放されたのかを考える。確かに俺は裏方で、目立つようなことはしてきていない。

 でも、相手の攻撃を受け流し、味方のミスはカバーをしてきた。


 誰の目に見ても明らかに、俺の活躍はパーティーの活動を支えていたはず……。


「おいにいちゃん? 装備一式セットで2000モノだぞ?」

「あ、すみません……」


 小さな袋から銀貨を取り出し、代金を渡す、店主は「まいど」と小さく微笑んだあと、


「ボケっとしてどうした? 油断してると魔物に食われるぞ? まだあいつらを戻せてねえのか?」

「いや、実は、首を言い渡されてしまって……」

「なんだそりゃ」


 ここの店主は元冒険者だ。現役時代は新聞にも載るくらい活躍していた凄腕で、このエリアに来た時も、この人だけが俺たちのパーティーに元のエリアに戻るよう指示してくれた。


 まあ、それを言われてキレたブスタスらは、それ以降この武器屋には一切寄り付かなくなったのだが。


「まあ、冒険者はそういうもんだ。またパーティー見つけてがんばんな」

「は、はい……あ、あの、それと、姿を変えられるものってないですか……?」

「? なんでだ?」

「二度と姿を見せるなと言われているので……ここから離れる際に万が一遭遇したら……」

「あ、あいつなら確かに何かやりかねんな。少々高いが、知り合いに凄腕の賢者がいてな。つい先日卸してもらったやつがある。それでどうだ?」

「ありがとうございます!」

「1000モノだ」

「はい………え?!」


 店主の知り合いの賢者がつくったんだ。そこらの装備とは格が違う。それがさっき買った安物の冒険者一式セットより安いはずがない。

 値札を見るが、そこには30万モノと書いてある。


「ガハハ! こりゃ餞別だ」

「いやいやそんな! こんな高価なものを……! 下手したら冒険者の半年分の給料ですよ!」

「気にするな! それに、お前は必ず俺たちですら進むことのできなかった未踏のエリアまで進むはずだ。俺はそこで親友を失っている。お前にはそいつの遺品の回収を依頼したい。残りの代金は依頼の頭金だ。それに、そこまで行けば、必ずそれをつくった賢者とも会うことになる。それには俺のメッセージを込めているから、あえばすぐ話が通るはずだ。必ずここに帰ってこいよ」


 店主の眼力に圧倒され、それ以上何も言えなかった。


「わかりました……ありがとうございます!! 必ず、親友さんの形見を見つけて見せます!」

「おう! 賢者の野郎は曲者だが、お前なら大丈夫だろう」

「?? わかりました? ありがとうございます!」


 その場を立ち去る間際、「にしても、攻撃はオルフが全部受けてたってんだから、どうすんだろうなあいつら。ここらの魔物の攻撃は現役時にゃ闘神と呼ばれた俺ですら、まともにくらえば死ぬんだがな」という独り言が聞こえた。


 当然、普通の冒険者とは次元の違う店主にとって、致命傷になる攻撃以外は攻撃と思ってすらいないので、そんなものを無防備で喰らえば死ぬのは当たり前だ。


 うちのパーティーのやつらにとって、魔物の軽い薙ぎ払いですら致命傷になる。そのため、そういった攻撃は全て俺が受けていた。

 一度もミスをしたことなどない。


 待てよ……それがあいつらに『無駄に攻撃をくらう鈍臭いやつ』という印象を与えていたとしたら……?


 充分あり得る、あいつらには敵の力を測る『眼』がない。


 まさか三人で狩りに行っているわけないと思いながらも、街を出て歩いていると、見知った格好の三人組が、寝ている魔物を襲おうとしている最中だった。


「うそだろあいつら……」


 8本腕の生えた熊型の大型種。彼らに見合わないこのエリアの中でも、食物連鎖の最上位に鎮座する魔物だ。


 何度か戦ったことあるが、攻撃回数が段違いに多い上に、その全てが致命傷級という、まともならまず相手にはしない魔物だ。


 二段階ほど腕を上げ、その後に名声目的で討伐に戻ってくるレベルのエリアボスを、俺がいない、しかも三人パーティーで相手にするなんて正気を疑う!!




「ね、ねえ、これほんとに大丈夫……? 死んだりしない?」

「大丈夫だって、前にもやってきただろ?」

「三人で大丈夫なのでしょうか……」

「大丈夫っつってんだろ! 目の前でチョロチョロして、相手の攻撃くらいまくるだけでクソの役にも立たんゴミがいなくても勝てるんだよ!! 黙って準備しろ!」


 肩をすくめながら、ミレイヤとコーレイ、二人が戦闘の構えをとる。


「一気に仕留めるからな」


 ブスタスは得意の土の魔法、ミレイヤは火を、コーレイは等身の細い剣で打突を、各々最大限の攻撃を寝ている悪魔に食らわせた。

 土煙が立ち、その中から飛んできた何かが、恐ろしい速さでブスタスを掠める。


「ぐおおおお!」


 ブスタスの左耳が千切れ、左肩の装備が弾き飛び、肉がえぐれている。

 ミレイヤとコーレイは、瞬時に何が起こったのかを認知する。

 ゆっくりと流れる景色の中で、舞い上がった土煙が八つに切り裂かれ、体長5メートルはあろうかと言う八つ腕の悪魔がその姿を表す。


 煙の形が変わらぬうちに、その悪魔は動き出し、恐るべき速さで二人へと迫る。


「や……やだ。こんなの知らない……。だって、あいつがいた時は……こんな動き……」

「してなかったじゃないですかあああああ!!!!」


 二人が自らの死を察し、ぐちょぐちょに顔を歪ませる。

 だが、次の瞬間。


「まったく、八腕の悪魔オクトベアを三人で倒そうとするなんて」


 二人の潤んだ視界には、悪魔の拳ではなく、こちらに背を向ける少年の姿と、先ほどまで殺意を持って突進していた悪魔の、いや。


『悪魔だったもの』の山が積まれていた。


「大丈夫ですか?」




 俺はわざわざ腰の抜けた二人を宿まで運び、ブスタスには治療を施して欠損した体を再生させてやった。


「ち、ありがとうよ……」

「も、もうダメかと思っだぁ……」

「うぐっ……うぅぅぅ」


 緊張が抜けたように、わんわんと喚き、ブスタスは太々しい顔で感謝を述べる。

 よしよし、変装の方はバッチリみたいだ。視界が低くなったのが少し不便だが、後で鏡で姿を確認しておこう。


「つ、つか、お前……誰なんだよ?」


 やはり俺だってことはバレていない。

 一つ呼吸を置くと、俺は胸を張ってこう答えた。


「『オルフの弟子』の、ユウリです!」

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パーティーから追放されたので、『俺の弟子』を名乗りもう一度入ってみようと思う @サブまる @sabumaru

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