4-2 商人との旅路
「黒い二本角の化け物、悲しみと怒りの妖精ですか。物語の最後に出てくるという奴ですか?」
商人、タービュライに世留が探している例の黒い化け物について聞いていた。彼は腕を組んで頭の中でその情報を探しているようだった。少しの間、悩んでいると世留が彼を止めた。
「いや、すぐに出ないなら仕方がない。思い出したら教えてくれ。まぁ、知らなくても依頼は放棄しないからな」
「ああ、はい。ありがとうございます。こちらも依頼料はケチらず払いますから、安心していただいていいですよ」
彼は快活な笑顔で世留に笑いかけた。
彼が馬車の準備を終えた後、世留とサラは、馬車の荷台部分に乗って移動していた。馬車の中は荷物が溢れていて、彼らが座ると身を寄せるしかない。移動速度はそこまで速いわけではないが、整備されていない道を馬車で行くのだから、それなりに揺れ、車輪が石を踏めば大きく揺れる。その揺れのせいで、サラと世留の物理的な距離が一瞬縮まって、サラの体に触れる。それがなんとなく心地良くて、俯いて目を瞑った。
世留は彼女が目を瞑っているのを見て、眠っているのだと思った。彼女は世留とは違って不眠不休で動ける体ではないだろう。食事もしないといずれ倒れるかもしれない。ここまで一週間も経っていないが、彼女はそう言った生きるのに、必要なことが不足しているときでも、何も言わない。睡眠に関しても彼女は眠たいとも言わない。勝手に眠っていただけだ。食事に関しては一食もしていないかもしれない。彼女が非常食をポケットかどこかに隠し持っていて、それを食べていれば少しは飢えを凌ぐことは出来るかもしれないが、そう言った様子はなかった。
(遊羽と二人で旅をすれば、そう言う煩わしいのはなくなっていたのかもしれない。しかし、彼女を無視して、彼女に倒れられたらもっと面倒くさいことになるのは間違いない。少し気を付けないといけないのか)
世留は彼女の下に流れて垂れる髪先に少しだけ触れる。その行為に、彼自身も何の意味があるのか、わからない。しかし、それは遊羽の頭を撫でたときと同じような感覚だった。この子を守らないと、そういう兄のような想いだ。
眠っているわけではない彼女は、いきなり彼に髪に触れられて驚いていた。それだけでなく、緊張している。その緊張が何のせいなのかわかっていないが、不快ではなかった。彼女は今度こそ、寝ているふりをしてその場をやり過ごすことにした。
タービュライはその様子を馬車を走らせながらちらちらと荷馬車の中を見ていた。お似合いの二人だとは思うが、どちらも訳ありの様子だ。しかし、彼はそれを聞くことはしない。彼が商人であり、お客や護衛の人にそういうことを聞くのはご法度だ。商人は商人らしく、相手と線引きをして、ビジネス相手として接することで、諍いなどは起きずに、お互い心地よく商売ができるというもの。三年間、商人として生きてきた彼はそう言った距離感が一番、うまく商売を回せると理解していた。
しばらく、その状態で進んでいく。世留が道を歩くと魔獣が寄ってきていたが、現在は近くに魔獣は来ていない。それが世留には不思議だったが、誰かに聞いてもその原因がわかるはずもないだろうと考えて何も言わなかった。そして、あの夜と同じようにいつの間にか本格的に寝息を立て始めたサラは胡坐をかいた彼の足を枕にして眠っていた。寝ている彼女の顔は中々綺麗で可愛らしい。その顔を見つめるだけで、彼は特に何もしない。あの時と同じように、今の彼は動く必要がないからそのままにしているだけだった。
「そう言えば、商人。行先はどこなんだ?」
世留は彼の名前を呼ぼうとしていたが、すでに忘れていた。ここらではカタカナの名前とは縁がないのだ。基本的に、昔の勇者が異界から持ち込んだカンジという言語やワフウという文化を持ち込んでできた集落がほとんどだ。
「上村という集落です。布など、衣類を作るのに必要な材料を卸に行くんです。なんでも、ワフクというものを作るのに必要なのだとか。というか、あなたのその服もワフクですよね」
「ああ、確かにそうだ。ただ、これはその町の物じゃないと思う。それで、どれくらいで着きそうなんだ」
「そうですね。まだ、半分も行ってません。何せ、整備されていない道ですから。魔獣も盗賊も出る可能性がありますから、慎重に移動していきますので」
「そうか。わかった。それまでは、必ず、商人も荷物も守るから」
「ええ、お願いします」
タービュライは商人と呼ばれても、嫌な顔を一切しなかった。それどころか、彼自身も不快感を覚えていない。そう呼ばれるのは慣れていた。彼の名前を呼ぶのは商人仲間だけと言っても過言ではなかった。だから、仕事だけの関係の彼に腹を立てることもないのだろう。
世留は不必要に話すことがないので、タービュライも口を開かず、馬車を走らせるだけだ。
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