2-6 サラとの旅の始まり
「もし、黒い化け物が妖精だとするなら、どうやって殺せるんだ」
「妖精は概念が魔気と混じりあった状態の存在のようです。殺す、と言うなら、悲しみと怒りと言う概念をこの世界から失くす必要がありますね」
サラは淡々とそう言うが、まず無理な話だと世留は思う。この世界から悲しみも怒りも失くすことはできない。まず、悲しみも怒りも、世留の原動力の一つなのだった。それを失くすことが出来ないのに他人のそれを消すことはできないだろう。それでも、一太刀浴びせてやらないと気が済まない。殺すことはできなくとも、実態があるのなら、攻撃することもできるだろう。
ただ、黒い化け物がどんな存在かわかったところで、その現在地がわかるわけではない。何を基準に行動しているのかもわからないし、遊羽の母もなぜ、あの化け物と一緒にいたのかもわからない。
「……なぁ、その黒い化け物が出てくる話って他にもあるのか。例えば、人と一緒に何かした、満たない話とか」
彼女は空に視線をやって、聞かれたことについて頭を巡らせる。
「私の知っている知識の中にはないですね。王都の図書館に行って本を調べれば、他の知識もわかるかもしれませんが、すぐには行けません」
「図書館か。都に行けば、そういうのもあるはずだ。やはり、都に行こう」
彼は暗い森の中を、迷いのない足取りで進んでいく。その後ろにサラが付いてきているが、森の中が暗いのもあって、思うように足を動かすことが出来ない。背の高い草に太い木の根に足が引っかかる。さらに、魔獣も近づいてくる。彼女に攻撃が及ぶ前に、見えない何かがその魔獣を斬っているため彼女には傷一つない。それでも、彼の攻撃できる範囲から離れてしまえば、一気に魔獣に襲われて魔獣の餌になるかもしれない。周りが暗いというのもあって、彼女は良くない未来しか考えられない。
彼女が焦っているとき、世留が後ろから聞こえる足音が遠くなっていくのを感じて、振り返る。彼の視界には大量の魔獣とサラを守るように魔獣を斬っている遊羽が視界に入る。
「はぁ」
(やはり、一人の方が楽だったな。俺も遊羽も。しかし、情報を教わった手前、ここで放置と言うわけにもいかない。少なくとも都までは一緒にいなければならないだろう)
復讐を決意している割には、中々律儀な男である。情報を教わって森の中で放置。それで魔獣に食われようともきっと誰も彼を責めたりしないだろう。森に入って、自衛できなかった可愛そうな女性となるだけだ。彼もその仕打ちを思い浮かばなかったわけではない。だが、復讐をするためだからと言って、何をしてもいいとは彼は考えていない。少なくとも、貰った恩くらいは返すべきだと考えている。きっと、遊羽も同じことを考えているだろう。そう思って、彼はサラのことを放っておくことはできなかった。ゆっくりと慌てているサラに近づいていく。
「焦りすぎだ。足元を見ていれば、そこまで大変な道じゃない」
彼はサラを見下ろしていた。その表情に変化はなく、サラと会った時から変わらず、仏頂面だ。しかし、サラは勝手に世留が自分に優しいと思っていた。彼女の様々な行動の思惑の中には、相手に優しくすれば自分には酷いことはしないだろうと考えているからである。聖女になる前も、なってからも彼女は人にこういう温かい優しさのようなものを向けられたことはない。聖女になる前は疎まれていたし、聖女になってからは崇められていた。心の距離の近い、こういう優しさを受けたことが無かった。
彼女が世留の前で涙を流していた。彼女はそれを自覚していないようで、近寄ってきた世留を見ていた。やがて零れた涙に不思議そうな顔をしていたが、より不思議だったのは世留の方だっただろう。ただ、世留はそれが痛いとか悲しいとか、マイナスな涙には見えなかったので、声をかけることはしなかった。あくまで今まで通りの態度。彼の行動は優しいというには不器用だった。それに今回は勝手に先に進んでいたのは彼だ。優しい、と言うには前半の行動が酷い。事実はそうでも、それすら嬉しいと感じる環境だった彼女には、感動できるほどの物だった。
「今度は俺もゆっくり歩くから。森を抜けよう」
サラは言葉を喉から先に出すことが出来ず、頷くだけで返事をした。世留は彼女の歩調に合わせるように歩いて、時折ちらと彼女の様子を確認している。彼女は目に溜まる涙を拭いながら歩いていた。そのため、草や木に足を盗られそうになるが、傾いた体を世留が片手で受け止めて、彼女を転ばないようにしてから手を離す。その手つきも丁寧。それもそのはずで、性格は少し変わったかもしれないが、記憶は前と繋がっている。そのため、遊羽のドジをフォローするのに体が記憶している動作なのだ。
「そろそろ、森を抜けるぞ」
暗い森の外に月明かりが照らす草原が見えた。先ほどとは違う道だが、それでも森の中にいるよりは断然ましだ。何より、魔獣が少なくなるのが助かる。何体でも倒せるといってもうっとおしいのだ。
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