2-5 サラの目的

「ねぇ、私を連れて行ってくれませんか。勇者では、救える人も少ないのです」


 武器を勝ち合わせながら、サラは世留にそう言った。二人の近くにはまだ、カイもフィルもいない。彼女はこのタイミングでそう切り出したのだ。しかし、世留にはそれを了承する理由はない。一人の方が動きやすいし、彼自身の能力は一人でやっていける程度には高い。あの復讐を決意した日から、彼は食物を食べる必要が無くなっていたし、寝る必要もない。村で暮らしていた時のような、人間らしい生活は今の彼には必要なくなっていた。本来なら、夜通し歩いて都に向かうこともできたのだ。それでも、三人の近くに腰を下ろしたのは、情報を得るためと言うのと断ると後が面倒そうだと思ったからだ。それが今では、一緒にいたことで面倒なことが起こっている。それがさらに彼をイラつかせる。だから、彼女の言葉には一切返事をしなかった。


「……角のある黒い化け物のこと。実は少し知っています」


 彼女がひっそりと彼にそう呟いた。その言葉に世留の目の色が変わる。少しでも情報が欲しい。この際、嘘でもいいのだ。手がかり足掛かりになれば、それでいい。


「本当だろうな。嘘だったら、斬り殺すぞ」


「嘘ではありません。あなたに嘘なんて吐いたら可哀そうですからね」


「……で、どうする。すぐにあいつらが追いついてくるんだろう」


「あなたが私をさらってください。肩にでも担いで森の中に入れば、それで彼らにはわからなくなりますから」


 世留はすぐに彼女を抱え上げて、肩に担いだ。その動作に迷いはなく、その提案をした本人すら驚いていたが、担がれた後も大人しく彼に担がれていた。彼女は残りの二人が彼女のところに来ているのが見えてた。カイと視線が合う。しかし、サラは彼に何かするわけではなく、すぐに下を向いた。


「サラぁぁぁぁ!」


 彼女を呼ぶ声が二人にも聞こえてきたが、世留が足を止めることも、サラが彼の足を止めることもなかった。


「いいのか。仲間じゃないのか?」


「いいのです。どちらにしろ、フクミチという名の町に行ったときに、はぐれたふりをして逃げようと思っていましたから」


「なんで一緒にいたんだよ。変な奴」


「王の命令ですよ。協会にいた方が、可哀そうな人をより多く救えたはずです」


 世留には全く縁のない話だった。今の彼は命令されても聞かないだろうと考えていたが、彼女の言葉からすれば、そういう甘い行動も許されないのかもしれない。それに命令に賛成していたとしても、あの勇者と一緒に旅をするのは辛いことかもしれない。


「……お前も、可哀そうな人の一人かもな」


 世留は彼女が口癖のように言っている可哀そうという単語を使った。それは何の気なしに使った言葉だった。彼は特に気にしていないようだったが、彼の言葉にサラが返事をすることはなかった。




 あてもなく、森の中を走って移動していた。魔獣が都までの道を移動している時よりも、集まってくる魔獣の数は多かったが、遊羽の亡霊が全て処理していた。倒した魔獣は全て血を吸われている。その様子をサラは目撃していた。亡霊は世留以外には見えないので、かなり不思議な光景だと思ってみているだけだった。彼女が見たものは全て世留が使用した超能力の類だとあ当たり前のように考えていた。


 さらに森の中に進んでいくと、途中でサラに背中を軽く叩かれて、その場所で止まった。そして、肩からサラを地面に降ろした。サラはその丁寧さに少し驚いた。もっと放り投げるとまではいかずとも、雑に地面に降ろされると思っていたのだ。その予想とは反して、自分が足を地面に着くまでゆっくりと足を下ろして、自立して立てたかどうかを認識してから手を離していた。その手つきは丁寧で、辛くないように降ろしてくれたのが伝わるほどだった。


「どうした。何かあったか?」


 サラがあまりに世留の顔を見つめていたものだから、彼はそう訊いてしまった。サラは視線を外して、なんでもないことを手を振って答えとした。世留は首を傾げていたが、すぐに気にするのをやめた。


「それで、黒い化け物の情報。話してくれるんだろ」


「ええ。約束しましたから。とは言っても、伝承の中のワンシーンで出てくるだけですよ」


 彼女はそう前置きして、黒い化け物が出てくるワンシーンのことを話し始めた。


 その話は停滞している貴族同士でも、愛し合っている男女の話だった。恋人であることを隠して、生活して町同士の戦争になって、男性が命を落とす。それを知って、女は町から失踪した挙句、魔獣に食い殺されているのを発見される。そして、それを機に戦争が終結する。そして、話の最後に出てくるのが黒い化け物。戦争を主導していた、主人公の恋人二人のそれぞれの家系の人間がその黒い化け物に殺されて、物語が終わる。物語の中で解説はされないが、彼女のいる国では、その黒い化け物を悲しみと怒りを司る妖精とされていた。人の恨みを買ったらこの化け物に殺されるから、人には優しくしよう。そういう風に子供を躾けることもあるんだと彼女はいった。

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