2-4 三者三葉

 フィルが作り出した火の玉が、世留に向かって進んでいく。その速度は速く、一般人であれば、目で追うのがやっとの速度。しかし、この場に一般人はいない。火の玉は世留に届く前に消え去った。火の玉は亡霊が斬って消したのだ。フィルはそれに驚きながらも、次の魔法を準備する。その手には風が舞う。薄い緑の線が彼女の周りに出現した。それが徐々に彼女の手に集まり、風の球とでもいうようなものが出来上がる。それが世留の方に飛ばされる。世留にはそれが効くはずもなく火の玉と同じ運命をたどった。


 フィルはもはや、手が付けられない程に切れているようだった。勇者のことがよほど大事だったのかもしれない。焚火を囲んでいるときもずっと隣から動こうともしていなかった。世留はそれでも、邪魔をする奴は敵だと認識する。殺してはいないため、治癒すれば元には戻る。だが、やられたことが無くなるわけではないのだ。


 フィルは立て続けに火の球と風の球を打ち出しながら、サラにカイの回復を頼んでいるようだ。回復を頼まれた彼女は血だるまと言っていい状態の彼を見て、可哀そうだと呟いた。そして、彼女がその体に触れて、治癒を開始した。


 この世界での治癒は魔法の源である魔気を利用したものだ。魔術師が使うような魔法とは別系統の魔法となる。だから、フィルは魔術師だが、回復魔法は使えない。サラは治癒はできるが、魔法はフィルのようには使えない。治癒の魔法は傷その物に働きかけるわけではない。あくまで、本人の治癒能力を手助けして治すというもののため、自然治癒の能力が低くなった生物には効果が薄い。その仕組みは、簡単に言えば、患者に流れる魔気に治癒師の魔気を混ぜて、患者の魔気を操って、治癒能力を高めるというものだ。それを簡単にできるもの自体が少ない。そのため、サラやフィルの国では回復魔法を使える者を、聖人や聖女と呼ばれている。自己紹介で彼女が言っていたことは間違いではないのだ。だが、あくまで患者の治癒能力に干渉するだけなので、すぐに傷が全て塞がるということはない。じっくりゆっくりと回復していく。


 その様子をフィルはちらちらと見ていた。治癒の為には仕方のないことだが、カイの体に男だろうが女だろうが、自分以外の人が彼に触れることが気に食わないのだ。そもそも、フィルはサラが同じパーティーにいること自体、好ましく思っていない。フィルはカイに救われ、彼のことを愛しているからこそ彼についてきたのだ。パーティーに女性が来ると、彼のことを好きになる可能性が出てくる。彼を好きなのは自分だけが良い。そして、それは女性だけではなく、男性にも及ぶ。彼の隣にいるのは自分だけでいい。サラが隣にいるのを許しているのは優秀な治癒師だからだった。


 勇者の意識は闇の中にあった。体の至るところから出血してた光景を思い出すと恐怖が沸きあがる。勇者として召喚されたが彼には伝承の中にあるような勇者の勇気を持っていなかった。強い装備を与えられて調子に乗っていた。人々を魔獣から救い、盗賊を殺して交易路を守る。良いことをすれば、国中の住民から感謝される。彼が調子に乗るのに時間はかからなかった。負けることがない。そう思ってしまうのも仕方ない。だが、世留には今まで頼ってきた全てのものは効果がなくなっている。今では、彼自身が勝てるビジョンが見えなくなった。


 サラの回復のお陰で、カイの体の傷は徐々に塞がっている。流れた血は元に戻るわけではないため、彼の服は血だらけなのは変わらない。


「サラ。ありがとう」


 笑みの消えた暗い顔でも、話せるようになるなっていた。体の痛みはないはずだが、体に痛みが残ったような感覚があった。それでも、彼は剣を杖に立ち上がる。


「フィル。僕はもう大丈夫だから。もう大丈夫、だから」


 声を掛けられたフィルが振り返る。カイが立っているのをみて、彼に駆け寄った。その隙を突いて、彼は面倒ごとを避けるためにその場から離脱しようとした。


 しかし、その場所は草原で道の近い場所だ。つまりは開けている場所で、移動してもすぐに見つかるフィールドなのだ。世留の動きをいち早く察知したサラが人間とは思えない跳躍力を発揮して彼に飛び掛かってくる。世留も彼女の動きを察知して、三人がいた方に体を向けた。跳びあがったサラの手にはメイスが両手に握られていた。それを交差して、彼を叩き伏せようとしていた。


 彼女の並外れた身体能力は、彼女自身の超能力だ。筋力をどこまで強化できるが、無茶をすると筋肉が破壊される。それを使って、彼女は跳躍した。そして、そのスピードも走ることしかしていない世留に追いつくのは難しくはなかっただろう。その証拠に、彼女のクロスしたメイスが彼の刀とかち合い、彼は足止めされた。

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