2-3 可哀そう

「あら、私の助けがいらないんですか。それはそれは可哀そうですね。人の手も取れない程に追い詰められているのですか。可愛そう、可哀そうです」


 サラはうわごとのように可哀そうと呟いている。それが日常茶飯事なのか、カイもフィルも彼女に何も言わない。カイに至っては、世留に再び笑顔を向けていた。


 こいつらはおかしい。それが世留が今、抱いている感想だった。胡散臭い笑顔の勇者に、人を憐れむ神官、顔も見せない無口な魔術師。魔術師にもきっとおかしな何かを持っているのだろう。世留はそれ以上、そこにいることに耐えられなくなり、立ち去ろうとした。その手をサラが掴んだ。


「どこへ行くのですか。夜を一人で過ごすなんて看過できませんよ。これ以上可哀そうなことになることなんてないのですから」


 いい加減、他人がどうでもいい彼でもサラの行動にイライラして始めた。


「はぁ、俺は先に行く。手を離せ」


 サラを睨んでも、彼女は手を離さない。彼の睨みでも彼女には全く効いていない。結局、自分のために行動しているのだから、相手がどうでようと、自身の思い通りにする。彼が何を言おうが、何をしようが彼女がそれを気にすることはない。ついに世留の手には刀が出現した。


「邪魔をするなら、敵とみなす。敵になるなら斬るまでだ」


 彼の手を掴んでいるサラの手に刀身の刃を近づける。その位置で刀を振れば、相手の腕は切り落とされるだろう。いや、今の彼なら刀をそこに持っていかずとも、切り落とすことが可能だっただろう。しかし、無駄に人を傷つけることを無意識に避けていた。それは復讐を決意する前の彼の心が残っていたからだ。だた、いつまでも前の心を維持できるわけがない。ましてや、それは無意識のものなのだ。


「おいおい、物騒じゃないか。彼女の心遣いを無駄にしたのは君じゃないか? その彼女に攻撃するなんて、筋違いだよね」


 勇者がゆっくりとした動作で立ち上がる。その手は既に剣に手を掛けていた。その後ろでローブも立ち上がる。カイが戦うなら自分も戦う。そう言った様子だった。剣に手を掛けた彼の顔には未だ笑顔が張り付いている。勇者と言うには不気味なパーティ。それを見ても、世留は不機嫌そうな仏頂面を変えることはない。もちろん、彼女が手を離さないため、刀を引きもしない。


「やめるつもりはない、と言うことかな。このままだと、僕も仲間を守るために攻撃しないといけないんだけど。君がいくら強くとも、勇者の僕には勝てないよ。ほら、刀を下ろしてくれ。君が傷つく必要はないよな」


 カイは既に世留に勝ったつもりでいた。それもそのはずで、彼が持っている武器も防具も勇者の為の特別製だ。剣は剣を扱ったことが無くても達人級の剣技を使うことができ、チェストプレートはあらゆる物理攻撃を防ぐことが出来る。そのため、彼は負けたことがなかった。世留にも勝てると思ってしまうのも無理はない。特に、彼が刀を使っている時点で、彼の攻撃が自分に効かないと思い込んでいたのだ。世留が使っている術は刀術ではないというのに。


 カイは動かない世留に近づていく。剣を鞘から抜いて、両手で構えている。剣先は世留に向ている。彼自身が相手の生き死にの権利を握っている。そんな様子で彼は油断していた。彼は剣のリーチに世留を捕らえた状態で、彼に話しかけた。


「最後の忠告をするよ。その刀をしまってくれないかな。僕も君を傷つけたくないんだ」


「そうか。だが、お前の剣は俺には届かない」


「残念だよ。でも、仕方ないよね。君が刀をしまわなかったから」


 カイの剣が振り下ろされる。しかし、その剣身が世留に当たることはなかった。剣は下に振り下ろされている。しかし、カイの手には何かを切った感触はない。そして、次の瞬間、体の至るところが熱くなり、痛みを訴えてきた。カイは焦りを覚えながら体中を見た。手から腕、つま先から付け根、そして胴体。そのどこからも出血している。その熱が痛みと血が引き起こしたものだった。カイは自身が全身から出血していることに気が付くと、尻もちをついてのどに詰まった声を出すかのようにあえいでいた。全身の痛みを感じる余裕もなくなって、握っていた剣も地面に転がっている。その剣身はほとんど残っていない。剣身を斬ったのは遊羽の亡霊だった。彼に傷つけるものに反射的に攻撃したのだ。そして、その後に世留が彼の全身を切り刻んだのだ。チェストプレートのせいか、無意識に力を自制したのか、彼は勇者をバラバラにはできなかった。


「おまえぇ、なにをしたっ!」


 喘いで苦しんでいるカイの前にローブが立ちふさがる。ローブの端から小さな手が伸びてきていて、その手には大きい本が握られている。そして、本を持っていない方の手に、焚火の炎が映る。その炎は彼女の手には触れない程度の距離に集まり、日の球を作り出す。そして、それが世留へと向かって進んでいく。

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