1-5 手加減の実力
「なんだ、おめ。そんなほっそい奴が俺様に文句か? 調子に乗るなよ」
「その言葉をそのまま返す。俺様とか言ってて恥ずかしくないか?」
男は世留の挑発に簡単に乗った。筋骨隆々な体に、斧を背負っている。ここら辺ではあまり見ない、一枚の金属でできたチェストプレートを着けている。身長は世留より頭二つ分大きい。今、彼はその体躯に見下ろされているが、怯んでいる様子は一つも見えない。受付の人だけが、その状況に焦っていたが、フェリアは彼の後ろで大人しくしている。
「その喧嘩、売ってんなら買ってやる。町の外でやろうぜ」
そう言って、巨体の男はギルドから出ていった。ドアを閉める前に、彼を睨んでいた。彼は男が出ていったのを見た後に、まるで何もなかったかのように、受付で先ほど受けて、完了した依頼書を提出した。
「あ、あれ。戦いには、行かないんですか?」
「……面倒だからな。放っておけば、しばらく待つだろ。ああいう奴は。とりあえず、これ報告するわ」
「は、はい。処理するので少し待っていてください」
受付の人は困惑しながらも、自分の仕事をこなして、彼に報酬を支払う。報酬額は結果次第の依頼で、彼の功績を考えて、一万円の報酬が支払われた。
「世留。このまま次の町に行くの?」
ずっと黙っていたフェリアが、世留にそう訊いた。その顔には彼を心配している様子が見えていた。
「わざわざ戦いに行くのは面倒くさい。放っておいてもいいだろう」
「あいつ、しつこいと思うよ。来ないとわかれば、より面倒くさいことになるのは目に見えてる。少し相手をするだけじゃない。行ってきなよ」
世留は面倒くさそうに、彼女の顔を見た。彼女は何度か頷いて、君の為だと言いたげにしている。彼は、溜息を一つ吐き出して、ドアを出ていった。彼はドアを出る前に、フェリアの方をちらと見た。彼女は未だ、不安そうな顔をしている。強引に物事を進めることも多々あるが、彼女は周りの人のためになることを選んでやっている。結果的に彼女の助言を聞いてよかったという人の方が多いだろう。彼もそれを知っているから、あの男に会って完膚なきまでに負かしてやろうと決めた。
町の外に出たところ。道からは離れた位置に男はいた。既に斧の頭を地面に置いて、戦う気に溢れているのがわかった。馬鹿にされたことに腹を立てているのか、それとも元々喧嘩っ早いのか。きっと両方なのだろうなと思いながら、彼は男にゆっくりと歩いて寄っていく。
「逃げずに来たんだな。あれだけ馬鹿にしといて、逃げるなんてチキンじゃなくてよかったぜ。じゃ、さっさと始めようぜ」
男は斧を持ち上げて担いだ。それが相手の戦闘スタイルなのだろう。彼はいつのまにその手に握られていた刀を片手で持つ。構えなどは特になく、見た目で言えば、相手の実力を侮っているとしか思えない状態。相手もそう捕らえたようで、怒りに肩を震わせている。自分の相手をする気がない。そう言った態度にしか見えないのだ。喧嘩を売っておいてその態度。男が苛立つのも仕方ないのかもしれない。
「ふざけるなよ。どこまで人を馬鹿にすれば気が済むんだ」
男が斧を彼に振り下ろそうと、近づきながら斧を振りかぶる。彼はそれをじっと見ながら、刀を一度だけ横に振った。それと同時に、辺りに風を切る、と言うか、風を割ると表現した方がいいような音が辺りに響き渡る。その音が相手に聞こえていたのかはわからない。だが、相手の意識には映らない斬撃が相手の体を八つ裂きにする。体に幾つもの線が入っているのに、相手はそれに気が付かず、未だに斧を持って走ろうとしていた。しかし、その攻撃を受けた次の一歩目で、体が崩れた。彼が手加減したおかげで体の形は保っているものの、その無数の傷から血が流れている。相手は膝を付いて何も理解できていなかった。その唖然とした表情のまま、彼の顔を見た。そして、開きすぎた実力の差。彼の人間離れした必殺の技。手加減されたことがありありとわかる無数の傷。その状況が理解し始めると、相手の顔には恐怖がにじみ出ていた。声も出せず、後ろに下がろうとして、地面に尻をつけた。
「……あ、ああ、や、やめ、てくれ」
彼は既に戦意を喪失した彼を見つめるだけで、それ以上何もしなかった。戦意のないものをいたぶる趣味はない。元から彼の目的は弱い者いじめではなく、黒い化け物を殺すことだ。彼は相手が一切手を出さなくなったことを確認すると、町の中へ戻っていく。男はその背中を見つめることしかできず、その場で恐怖に震えることしかできなかった。
世留がギルドに戻ってくると、フェリアと受付の人が出迎えた。黒い刀は既に彼の手にはなく、彼が帯刀していたはずの鞘もどこかに行ってしまったようで、それらは彼の近くにはない。
「世留。大丈夫、そうね。聞くまでもなかったかな」
「多分、あいつはもう俺には近づけなくなったと思う。手加減して切り伏せてきたからな」
世留は短くそう伝えたが、そんなものではない惨状を残してきたはずだ。だが、彼にとってあの男の状態などどうでもいい話だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます