1-4 ギルドの依頼と

「ちょっと、ちょっと。もう行っちゃうの?」


 彼女はその小ささに見合わぬ力で、彼の腕を掴んでいた。そんな強さでも彼女は先ほどと同じように笑っていた。一瞬だけ彼の眉が顰められたが、すぐに元に戻った。


「何?」


「そっちの用が終わったらハイさよならってわけにはいかないでしょ。私の話も聞いてくれるでしょ?」


 笑顔なのに有無を言わさぬ雰囲気で、フェリアが世留と視線を合わせた。復讐をすぐにでも果たしたい彼も、さすがに怯む。ここで逆らっても良いことはないだろう。それに、彼女の言う通り、自分の用事だけを伝えてさよならと言う態度は、よくしてもらっていただけに失礼だと思ってしまった。自分が悪いと思ってしまった時点で、彼の負けだろう。


「わかった。逃げないから、離して」


「はいはい、りょーかい」


 彼女は言われたとおりに、すぐにぱっと彼の腕から手を離す。そして、彼女は掲示板から一枚の依頼書を取って、彼に見せた。


「この依頼。受けてくれない?」


 そこに描かれた依頼は難しいものではないが、面倒くさそうというのが、彼の一番最初の印象。だが、その紙を読み進めると、今の彼ならそこまで面倒でもないことがわかるだろう。依頼内容は、町周辺の魔獣の討伐。彼は最後まで依頼書を読んだ。


「……わかった。でも、俺はギルドに登録してないんだけど、いいのか」


「登録はすぐにできるよ。世留は特別に登録無料でいいよ」


「元々、かかりませんよ。登録料なんて」


 受付の人が呆れた様子で、ギルドに登録する用の紙を取り出していた。彼女にとってはいつものことなのだろう。彼はカウンターでその紙を記入して、ギルドに登録した。


「では、これでギルドへの登録は完了です」


 そう言いながら、受付は一枚のカードを彼に渡した。


「このカードがギルドに登録した証です。なくしても再発行できますが、いくらか料金がかかりますので、なくさないようにしてください」


「大丈夫。なくしても、私が無料で再発行してあげるよ」


「ギルマス。無料無料って言わないでください。他のギルドに怒られますよ」


「いいの。世留とは他人じゃないし」


 受付の力ではフェリアに勝てるわけもなく、溜息を吐いて受付の業務に戻った。


「じゃ、私も一緒に行ってくるから。ちょっとの間よろしくね」


 そう言いながら、世留の腕を引っ張ってギルドの扉を出ていく。受付の人もそれが日常茶飯事なのか、再び溜息を吐くだけで、引き留めたりはしなかった。むしろ、彼女がいない方が受付のい仕事が片付いていいかもしれない。ああ見えて、優秀なのは理解しているが、いかんせん子供っぽいところがある。それが受付にとっては苦手な所だった。




 町の外に出て、道から外れて草むらの中を歩く。木は立っているがその密度は低く、魔獣はすぐに見つけられた。道から外れるだけで、魔獣がそこかしこにいる。最初は彼が処理していたのだが、徐々に数が多くなっていく。一人で処理しきれなくなった分を遊羽の亡霊がいつの間にか持っていた、世留とおそろいの黒い刀で魔獣を倒していく。二人の刀は倒した相手の血を吸っている。その血が、亡霊を動かすためのエネルギーだということは誰も知らない。


 たむろする魔獣を倒し終わって、再びギルドに戻ってくると、屈強そうな男が受付で声を上げていた。報酬が少ないだの話が違うだのと言う言葉が聞こえた。受付の人は何度も説明しようとしているようだが、男は話を聞こうとしない。フェリアが、すぐに男に話しかけた。


「ここのギルマスだけど。どうしたの」


「いやな。この依頼を完了したのに、報酬は支払えないっていうんだぜ」


 その依頼書は掲示板に貼られた依頼書とは違い、汚い文字で適当なことが描かれていた。


 魔獣「ウルフェン」 十匹の討伐。

 報酬金 十万円


 世留は知らないが、ウルフェン十匹で得られる報酬金の相場は五千円から七千円程度である。十万円なんて破格な報酬が提示されるはずはないのだ。それに、その依頼書は明らかに、ギルドで書かれたものではない。明らかな虚偽の報告をしているのがすぐにわかる。フェリアはよくこれで堂々としていられるなと思ったが、それを口には出さなかった。


「いやいや、偽物すぎるよ、この依頼書。自分で書いたんじゃないの?」


「そんなはずはねぇよ。都の近くの町のギルドで受けたんだ。間違いねぇ」


 男はにやにやとしながら、その依頼書をフェリアに突き付ける。世留としては自分のこなした依頼の報酬を受け取って、すぐにでも次の町に移動したいと考えていた。男が受付からどかない限り、彼の依頼の報告も出来ない。このまま、去って報酬を受け取らないという選択肢はない。少なくても労力をかけたのだから、その報酬を得なくてはいけない。だが、フェリアと男は押し問答をしているだけで、一向に解決しそうにない。痺れを切らした彼は男とフェリアの間に入り、男をじっと見た。


「いい加減、どいたらどうだ。二人とも困ってるのがわからないのか。俺としても迷惑だしな」

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