サイコは束の間の非日常を味わう

  日常という名のそれは。人モドキと呼ばれサイコになった俺達にとっては別の意味を持つ。


 死肉をあさる鴉の居る大地。血と肉がある場所が、サイコと呼ばれる俺達の日常だ。


 だが、俺達にも。人並みの日常は確かに存在していた。


 1週間の内任務があるのは1日というのがほとんど。だから残りの6日間が非日常で日常の日だ。


 俺にとっての日常。それは視界に映るものが、血と肉と荒れた大地ではなく。乾いたコンクリートの床と壁に代わるだけだ。


 部屋の中は簡素だ。ベットに机、あまり着ることの無い私服が入ってるタンス。


 そのどれもが必要だから置いてあるもので、インテリアと言った飾るものは何一つない。


 いや一つだけテーブルの上に後輩が置いていったものがある。殺風景だからと、花瓶に差された造花。


 ほとんどが灰色のこの部屋で唯一色を持っている。その造花は、大和の象徴でもある桜の枝だ。


 枯れることも散ることも無い、満開の桜。桜の生花ではなく造花が、部屋のテーブルにポツンと置いてある。


 早朝、俺はベットの上で横になっていた。早くに目が覚めて二度寝をすることもできずに、ずっと天井のシミを数えている。


 サイコになった弊害とでも言えばいいか。睡眠が短くなり、夢を見ることもなくなった。


 俺以外の家族は普通に寝れてるらしい。不眠だのといったは話を聞かないからな。


 趣味と呼べるものがない俺にとって、することもなく起きている時間は苦痛だ。


 俺以外の家族は、皆何かしら趣味がある。後輩は絵を描くのが好きだ。ロックは確か陶芸と言っていたか。


 それぞれがサイコになる前に持っていた趣味だそうだ。俺がサイコになる前。まだ人だった頃も、趣味なんてなかったな。


 天井のシミを数えるのに俺は飽きていた。ベットに横になったまま、桜の枝を見ては思い耽る。


 生花を見たのはどれほど昔のことだったか、と。


 今いるこの地域っは荒れ果てた地面がほとんどで、草木と言った植物の類は存在しない。


 だが、他の場所には草木の生い茂る自然豊かの所もあるそうだ。大和は移動都市なので、植物の多い場所をを走行することは滅多にない。自然環境に被害が出るからな。


 町中には植物が植えてあるということは知っている。恐らく昔見た生花も街で見たものだ。


 だからか。いったいどれほどの年数。街を見ていないのか。俺たちが守った平和と言う物を長らく見ていない気がする。


『コンコン』


 ドアがノックされる。窓の外を見やれば、日の光が部屋の中に入っていた。日が昇ってみんな起きてきたのか。俺の部屋を訪ねるのは。一人しかいないから、声を聞かなくてもいい。


「開いてるぞ」

「先輩、おはようございます」

「ああ、おはよう」


 戦闘服ではなく。私服姿の後輩は可愛い。戦闘服を着ている時は、凛々しさと格好良さが引き立てられるが。私服は本来の後輩の姿。可愛らしい姿が見れる。

 つまり俺はどちらの服も好きだということだ。


「何見てるんですか先輩。朝ごはん食べに行きましょうよ」

「後輩に見とれてた。行くか」

「もぉ、先輩ったら」


 ベットから起き上がり立ち上がる。


「てっ、ちょっと待った!」

「なんだ後輩」


 後輩と一緒に朝食を食べに行こうとしたら呼び止められた。今俺はなにか呼び止められるようなことをしただろうか。


「なんだじゃないですよ。なんでまた戦闘服来てるんですか!」

「着やすいからだ。洗ったのだから汚れていないし問題ないだろう?」

「問題ありまくりです! いいですか、」


『ぷんすか』と怒る後輩を可愛いと思うのは正常な思考回路だ。後輩が怒る姿の何が可愛いって、リスのように頬を膨らませて怒るところだ。子供のように愛らしく、されど子供っぽいということも無い。


「聞いてますか、聞いてないですよね。先輩!」

「ん?」


 後輩がどれだけ愛らしいか考えていたら、その後輩に呼ばれた。さっきよりも怒ってるのは気のせいではないだろう。

 だがこれも仕方が無いことだ。後輩が愛らしいのがいけない。


「私の話、聞いてました?」

「ああ、聞いてた」

「じゃあなんて言ってました?」


 後輩が何を話したか、聞いていない。後輩の愛らしさを考えるのに、忙しかったからな。だが後輩の行動を予測すれば、何を言ったか分かる。


「せっかく買ったタンスの服を来てください。だろ?」

「そう、ですけど」


 後輩の声は、段々と尻すぼみしていった。目は見開かれて揺れている。そこまで俺が話を聞いてたのが驚くことか。


「うそ、先輩がちゃんと私の話を聞いてたなんて。何時もなら私の事考えてて話なんて聞いてなかったのに。今日どうしちゃったんだろ先輩」


 後輩は小声で話しているつもりらしいが、全部聞こえている。今日は後輩の考えを予測しただから、後輩の言ってることは間違ってないが。教えない方が楽しそうだ。


「取り敢えず、話を聞いていたなら着替えてくださいよ。戦闘服は戦闘の時に着てください」

「分かった」


 後輩が着替えろと言うのなら着替えよう。買った服だって、後輩が俺に着て欲しい服を買ったらしいからな。


 さぞ喜んでくれるだろう、と着替え始めた。しかし一向に扉が開く音も、後輩が動く音もしなかった。


 振り返ると、普通にそこには後輩がいた。まじまじと俺の事を見つめている。こう言う時、普通は部屋を出ていくものじゃないか?


「なんで出ていかない」

「えっと先輩の裸体を見たいから?」

「なぜ疑問形だ。いいから出ていけ」


 後輩を部屋から締め出し、あらためて着替える。タンスの中には丁寧に服がしまわれていて。わかりやすいように、服が一式纏められて置かれている。

 その中の一つを鉄器等に選んで着る。


「これでいいか」


 着替えが終わって、部屋の扉を開くと目の前に変な恰好の後輩が居た。

 扉に耳を当てているような、格好だった。


「後輩、何してるんだ」

「先輩カッコいいですね!」

「ごまかすな」


 頭を鷲掴みにして逃げれないようにする。


「薄手のセーターにジーンズ、カッコいいです!」

「何してた」

「えーと」


 目を右に左に、動かして。視線を彷徨わせてる後輩は、俺とは目を合わせようとしない。

 だが諦めたのか、俺と目線を合わせた。半分ほど目を閉じてるが。


「聞き耳を立ててました……」

「はぁ、お前にはまだ早い。我慢してろ」


 そう言って後輩の頭をなでる。期限を撮りたいわけではなく。俺がそうしたかった。


「いつになったら、私を受け入れてくれるんですか……」

「そのうちな」


 毎回俺はそうやって断るしかなかった。そして決まって後輩は同じ言葉を言った。その言葉は「約束ですよ」だ。

 だから今回も。


「約束ですよ」

「約束だ」


 何度目の約束になるのだろうかわからない約束をまたした。


 二人横に並んでリビングに向かうと、ロックともう一人家族が居た。


 タレ目をさらに柔らかくして、俺と後輩に優しい眼差しを向ける。

 慈愛とも言える感情の色を移した瞳。肘の辺りまである長い髪が、母性という雰囲気を醸し出す。

 愛称はコール。家族の中では長女、もしくは母親でみたいなポジションだ。


「あら、二人とも。今日も仲いいわねー」

「コール、おはよう」

「コール姉さんおはようございます」


 俺が長男でロックは三男。リープは次女だ。次男、四男、三女は任務に行っているようだな。姿が見えない。


「僕を忘れないでくださいっす。おはよーっす2人とも」


 テーブルの上に突っ伏しながらロックが挨拶をしてきた。右頬をテーブルにぴったりと付けて、元気がなさそうだ。


「どうした、元気なさそうにして」

「朝ごはん食べてないんすよ」

「料理ぐらい作れば良いだろ」


 と言ってここにいる家族を見る。コール、ロック、リープ、俺。この中で料理ができるのは。


「俺だけだったな、料理できるの」

「コールねぇは能力のせいで、料理が冷たくて食べれないっす。リープっちは……論外っすね」

「論外って何ですか! 私だって料理くらいできますもん」


 怒ってる後輩も可愛い、覚えておこう。この光景を

 。2度とは見れない光景だからな。

 怒ってる後輩にトドメを刺すようにコールが口を開いた。


「リープちゃんのお料理は暗黒料理だから、諦めましょうね」

「コール姉さんまで、先輩はそんなこと言いませんよね」

「料理は俺が作ってやるから安心しろ」


 俺なりにフォローをしたつもりだったんだ。


「先輩まで酷すぎますよ!」


 元気いっぱいに落ち込む後輩は、ロックの向かいの席に座った。そして同じ格好で突っ伏した。二人して俺を見てくるものだから、不思議な気分だ。怖いとは思わないが、なんだろう。にらめっこをしている気分か?

 視線を2人からコールに向ける。


「コール朝食は食べたのか」

「自分の分は作れるから。もう食べちゃったわ。冷しゃぶサラダに冷製スープとご飯。材料はあるから、温かいの作れると思うわよ」

「そうか」


 それなら、スープだけ作ればいいか。サラダは元々冷たいもんだからな。

 エプロンを着けて台所に立つ。後ろから聞こえる3人の声が賑やかで、暇することも無く料理を作ることが出来た。


「ブラッドにぃ、聞きたいことがあるんすけど」

「なんだ」

「最近怪物の出現頻度と中型の怪物多くないっすか?」


 食事中の会話にこんなこと話してるのは俺たちくらいだろうな。


「いま、高エネルギー地帯を通過中だからな。仕方ないだろ」

「高エネルギー地帯ってなんすか?」

「おまえ、知らないのか」

「知らないっすけど。なんでみんなして、撲の事そんなに見るんっすか」

「お前がバカだからだ。いいか、怪物の出現とともに現れたのがエネルギーだ。空気中のエネルギー密度が高い地域では怪物が出現しやすい傾向があるんだ」

「へー、そうなんすね」


 ロック以外の誰もがあきれた目でロックのことを見ている。この世界に生きるなら知っていて当然のことを、ロックが知らないからだろう。こいつに誰かが常識と言う物を教えてやらなければいけないが。


 そのまま視線をコールに向けると、コールも同じように視線を向けていたらしく。目が合った。どうやら考えていることは同じらしい。


「それじゃあ、私が教えるわ」

「頼む」

「え、なんすか?」

「こっちでお勉強しましょうね」

「なんなんすか。というかコールねぇ冷たいっす!」


 コールに首根っこ掴まれて、ロックがリビングから消えて行った。


「二人きりですね先輩」

「そうだな」


 コールとロックが居なくなったリビングで。後輩が左隣に座って、肩を寄せてくる。


 平和な空間で、のんびりと肩を寄せ合うことが。


 当たり前ではない俺たちの、束の間の幸せ。


 日常が殺伐としているからこそ、こんななんて事のないような幸せが。幸せだと感じる。この幸せのために、どうせなら戦いたい。どうせなら。


「私、ずっとこうして。肩を寄せ合って。お話して。ゆっくりした時間を過ごしたいです」

「じゃあ、サイコになったこと。後悔してるのか」

「そんなことはありません。サイコにならなきゃ、先輩に会えませんでしたし」

「そうだな、俺も、後輩に出会えてなかっただろうからな」

「私達、平和な世界で出会ってたら、どうなってると思います?」

「さぁな」


 そう言って俺は目を閉じる。


 もしも、平和な世界で。俺と後輩が出会っていたら。そんな、もしもの話を考えたことはない。


 どれだけ、もしもを考えたとしても。


 それが現実になることはない。今ある現実から逃れられはしない。


 それに、もしもで描いた幸せよりも。今目の前にある幸せの方が、俺は大事だ。


 もし、並行世界と言う世界があるなら。その世界の俺だって同じことを考えるだろう。


 どの世界に居ても、俺が俺であることに変わりないんだからな。


「04号、大和政府からの緊急任務です。大和近辺に特級の出現を感知。現れた特級を討伐してください」


 束の間の幸せは、長くは続かない。また任務が来た。


「先輩」


 立ち上がった俺の手を握って、後輩が見上げてくる。


「行ってらっしゃい」

「行ってくる」


 さぁ、日常に戻る時間だ。

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