サイコは踊るように戦う・後編

 四足中型。ワニと熊、それぞれ十数体の群れ。最初に俺に向かってきたのは熊だった。ワニはどうやら足が遅いらしい。ゆっくりと近づいてくる。


 体の大きさの割に熊と言う生き物は足が速い。

 その爪や牙もさることながら、巨体でぶつかられただけでも大怪我は免れないだろう。もちろん当たればの話だが。


「そんなに密集して来たら危ないぞ」


 血の水たまりを蹴って空に飛びあがる。長い滞空時間の中、足元には熊が仁王立ちして俺を待っている。

 ざっと数えた限り13体か。


「足元はよく見ることだ」


 熊の足元には血の水たまりがある。

 それが何を意味するか。熊たちにはわからないだろう。


 血の水たまりの縁に添うように、棒が乱立していく。

 熊は自分たちの逃げ場が無くなったことに気が付いていない。


 それぞれの棒は、反対側の棒とつながっていく。熊の上にさらに棒が生まれ、檻を形成していく。


 俺は檻の上に着地する。どんなに熊が手を伸ばしてきても、俺には届かない。


 檻の中にいる熊は、かつてあったといわれる動物園を想起させる。写真でしか見たことはないがな。


「やっぱり怪物熊じゃ可愛げがないな」


 足元の檻の隙間から見える、熊の頭に銃口を向ける。


「今日は遊んでる暇はないんだ。悪かったな」


 両手に握られたハンドガンのトリガーを引くバンッ引くバンッ引くバンッ引くバンッ引くバンッ引くバンッ引くバンッ引くバンッ引くバンッ引くバンッ引くバンッ引くバンッ引くバンッ


 計13発の銃声が響く。


 血の檻が、ボロボロと崩れていく。立ち上がっていた熊が次々に倒れていき。それでも6匹が未だに立ち上がっていた。


 ワニがもうすぐそこまで近づいてきている。


「半分生き残ったか」


 手負いの獣ほど恐ろしいものはない。怪物も例外ではない。確実に殺したつもりだったが。殺し損ねていたらしい。


 いや、もしかしたら殺さなかったのかもしれない。


 だって。


「ちょうどよかった。まだ満たされてなくってなぁ!」


 表情は満面の笑みを浮かべ、後方に銃を構えたまま突っ込んでいく。

 地面を蹴るたびに血が飛び散る。


 生き残った熊の最初の一撃は手の振り下ろしだった。立ち上がった熊は、人を見下ろす形になる。上から落ちてくる手は、当たれば脅威。しかし避ければ隙になる。


 熊を飛び越えない程度に、地面を蹴って手を避ける。空中で前転しながら右足を伸ばし遠心力を味方に付ける。


 伸びた右足、熊の頭に振り下ろされた踵。

 踵落としが頭にめり込んだ熊はそのまま、血の水たまりに倒れる。


 まだ息のある熊の後頭部に左の銃口を向けトリガーを引くバンッ。おまけに右から襲い掛かろうとしていた熊の頭に向けて、右の銃口を向けてトリガーを引くバンッ


「これであと4体」


 踵落としの体勢で水たまりに座り込む俺は、熊からすれば隙だらけに見えたんだろう。


 背後に回り込んでいた熊が襲い掛かってくる音がする。だが足元に血があることを忘れちゃいけない。


 曲げている左足を軸にして、その場で半回転をする。後ろの熊を視界にとらえるころには、目の前に顔があった。流れるような毛も、丸みを帯びた体型もどこいもない。


 無機質な、角ばった怪物がそこにはいた。

 数秒後に俺は死ぬだろう。だが数秒あれば間に合う。

 地面の血が盛り上がり、円柱が熊の顎を下から上に突き上げた。

 下からの突き上げで、空に浮いた上半身は無防備だ。俺はただ無防備な顎に向けてトリガーを引くバンッだけでいい。


「残り3体」


 残った3体は俺を警戒して近づいてこない。中型にしては多少知能がある方らしい。怪物の知能は小型、中型、大型の順で賢くなる。特級に分類される怪物は人よりも知能が高いことがあるくらいだ。

 大型で動物並みの知能だ。動物未満の知能しかない中型にしては、襲わないという行動だけで知能がいいことになるんだ。


「そっちから来ないなら俺から行くぞ」


 3体の熊がは血の水たまりの上に居た。動かないなら、動けなくするまで。血の水たまりのから出るのは棒や円柱だけじゃない。武器だって突き出せる。

 3体すべての足を地面に縫いつける。

 ちゃんと返しが付いた槍だ。槍を破壊する以外に抜け出す方法はない。


「銃で撃ったんじゃ趣が無いからな。ギロチンってのも良いだろ」


 拘束された熊の頭の横から棒が空に向かって伸びていく。頭上に刃が出現し、ギロチン台が完成した。


「本物より簡単な作りだが、効果は保証する」


 3つあるギロチンの刃に銃口を向け。右、左、右。とトリガーを引くバンッバンッバンッ

 銃弾で留め金が破壊された、ギロチンの刃は熊の頭めがけて落ちていき。綺麗に頭と胴体がバイバイした。


「これで熊は終わり。次は」


『びちゃびちゃ』と背後から音が聞こえる。『ぐちゃぐちゃ』と肉を踏みつぶす音がする。


「魚の前に肉を食って悪かったな。安心しろ、今から相手してやるよ」

 ワニの数は11か、少ないな。後ろを振り向かなくても、数も何をしようとしているのかも分かる。

 血の水たまりは俺のテリトリーだ。血のを上を歩く限り、俺は全てを知覚できる。だから、背後から襲おうとしても無意味だ。


 噛みついて来たワニを、バク転で避け長い口の上に着地する。ワニは噛む力は強いが開ける力は弱い。右手のハンドガンを口に刺す。

 ワニが口を開けようともがくが、口をナイフが貫通していて開けられない。

 左手のハンドガンの銃口を、ワニの頭に向け。


「これで、い」


 トリガーを引こうとしたが、口を蹴って上空に逃げる。さっきまで踏んでいたワニは別のワニに噛みつかれ絶命していた。


「横取りは良くないが、今回は許してやる。デザートが来たからな」


 上空から、銃弾の雨を降らす。あまり血を消費しないように、手早く倒す必要があった。

 デザート、大型が予想より早く来たからな。


「人型とは、また楽しめそうなやつだな」


 分類でいえば二足大型。だが、二足小型や中型とは大きな違いがある。もちろん大きさの違いは見ただけでわかる。3メートルは余裕であるからな。だが根本的な部分で違いがあった。


「大剣とはまたロマンあふれる武器だな」


 武器を所持していること。知能が上がったことで、武器を扱う手ごわい敵になるということだ。

 ほら、早速きた。大剣が俺めがけて振り下ろされている。

 左右のハンドガンをクロスさせて、大剣を受け止める。


『ガンッ!』という硬いものと硬いものが衝突する音と共に、足首まで地面に埋まる。怪物の剣は俺の背後の地面に突き刺さっているようだ。受け止めた衝撃を逃しきれなくて、腕が痛む。

 だがその痛みを無視して、右足を踏み出す。左足を踏み出す。そしてクロスさせたハンドガンをそのままに剣に導かれるままに、怪物の元に駆けていく。


『ギャリギャリ』と言う音と共に火花が散る。怪物が地面から剣を抜くより早く、俺は怪物の足元にたどり着く。


「お前が剣を抜くのと、俺がお前を殺すのどっちが早いかな」


 剣が突き刺さった地面は、血の水たまりの中。なら血と一緒に地面に固めれば、そう簡単には抜けなくなる。


 俺が怪物の頭へハンドガンのトリガーを引くのと、怪物が剣から手を離すのは同時だった。


「そう来なくちゃな」


 図具に狙いを頭から足に修正して、トリガーを引くバンッ

 大型相手には、機動力を削ぐのが一番効率がいい。動けなくなれば射撃練習の的と変わらないからな。


 だがそう簡単には足を狙わせてくれないらしい。

 怪物が左足で俺を蹴り上げようとする。後ろに避けようにも、後ろには怪物の剣がある。前には怪物が俺を蹴り上げようとする足がある。

 避けるなら右か左か、はたまた上か。

 安全なのは、前だ!


 一歩地面を踏み込んで、スライディングをする。怪物の足が頭上を通り過ぎていく。危険を超えた先に勝機はある。


「右足だけで、体支えられるか?」


 軸足になっている右足に向けて、トリガーを引くバンッ。だが1回じゃ足りない。引くバンッ引くバンッ引くバンッ

 4発目で怪物の巨体が揺れる。

 引くバンッ引くバンッ引くバンッ引くバンッ

 8発目で怪物の巨体が前に傾いていく。


 傾く巨体の背中を駆け上がって、頭の上で飛ぶ。

 少しの浮遊感の後に襲い来る重力。

 重力に身を任せた俺の足が狙うのは、怪物の後頭部。そして怪物の顔の前には剣の柄があった。


「自分の武器で死ね」


 怪物の後頭部に当たった蹴りは、怪物を武器の柄に押し付け。『ぐちゃ』と剣の柄に怪物の顔が埋まった。

 周囲に広がる血と肉の水たまりの上に降り立ち、彼方を見る。


「ロックと、リクガメはいい感じみたいだな」


 ロックがうまくリクガメの注意を引いて進行方向をずらしている。だがよく目を凝らすと、黒い何かがロックの周りに漂っていた。


「助けに行くか」


 俺の方の仕事は終わった。リクガメの進路変更はロックの仕事だが、煩いハエの始末くらいは手伝ってやるさ。


 ロックとリクガメの方に飛び跳ねながら向かうと、俺に気が付いたらしいロックから懇願の声が聞こえてきた。


「ブラッドにぃ、有翼小型どうにかして欲しいっす!」


 ロックの周囲にいた黒い何かは、有翼小型。空飛ぶ怪物だった。大きさは大鷲おおわしくらいはあるだろう。

 ロックの岩の装甲を削るだけの力はないみたいだが、リクガメの進路変更に集中できていないらしい。何よりこのままだとロックが離脱できない。


「そのままリクガメの進路を変えてろ。飛んでるのはどうにかしてやる」

「はいっす!」


 リクガメに追われながら、走る岩の巨人。その周囲を飛ぶ有翼小型。

 その近くまで行き、ロックに指示を出す。


「お前に上りやすいように、手を広げておけ!」

「もうやってるっすよー!」


 広げられた手を蹴って、体を上って行く。その最中襲ってくる有翼小型をハンドガンで撃ち落としていく。撃ち落としながら銃弾の補充をするのを繰り返せば、少しずつ数は減って行く。

 肩まで登れば、見える範囲が多くなり。襲われる頻度も多くなる。


「ロックまだか」

「大和から連絡が来ないんっすよー」

「ちっ!」


 大和から連絡が来るまで耐えなきゃいけないらしい。倒しても倒しても、リクガメがすぐそこにいるせいで、どんどん補充されていく。

 地上の怪物が補充されないのは、幸運なことだろう。もしかしたら品切れになったのかもな。


 それから少なくとも100対近くの有翼小型を倒したころ連絡が来た。


「04号15号。リクガメの進路変更完了。帰還許可が出ました」

「ロック出てこい」

「ブラッドにぃ、僕を守ってくださいっす!」


 岩の巨人の頭部から出てきたロックに纏わりつかれる。ロックの武器はこの巨人だけ。岩を射出することもできるが、狙うのが下手過ぎて当たらない。つまり、俺が守らないといけないというわけだ。


「そのまま背中に張り付いてろ振り落とされるなよ」

「わかってるっすよ!」


 加虐思考を理性で抑え、ハンドガンを有翼小型に向ける。弾丸を補充するくらいなら、代償も小さく。理性で加虐思考を抑えられる。

 ロックの制御化を離れた岩が自壊していく。

 岩の巨人が崩れるより早く、地面に降りていく。

 降りてくる最中にも襲ってくる、有翼小型は撃ち落とす。


 リクガメは目の前の邪魔な存在が消えて、そのまままっすぐ進んでいった。

 背後で土埃が待っている。有翼小型はリクガメの山に帰ったのか居なくなっていた。


「いや、助けに来てくれて嬉しかったっす。ブラッドにぃ」

「弟を守るのが兄だからな」


 右手のハンドガンと左手のハンドガンに付いていたナイフを消す。役目を終えたハンドガンとナイフはボロボロと崩れて消えた。


「にしし、後でみんなに自慢できるっすね。リープっちが拗ねたらどうするっすか」

「沢山甘えさせるから、盛大に自慢してやれ」

「わー、自作自演っすね」

「悪いか」


 後輩と離れてて少しあれだ。会いたくなってただけだからな。後輩が拗ねた姿も見てみたいし。


「悪くないっすー。リープっちとブラッドにぃの仲がいいのは、僕も嬉しいっすからね」

「そうか。よくやった」


 背負っているロックの頭をなでてやる。


「これで自慢することが増えったっすね。ブラッドにぃこのまま背中に居ていいっすか?」

「好きにしろ」

「じゃあ、ちょっと休むっすぅ」


 ほどなくして背中のロックから寝息が聞こえてきた。

 ロックを起こさないように気を付けながら、俺は大和に帰った。

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