サイコは踊るように戦う・前編
空は何処までも青い。もちろん天気によっては見えないが。どこに行こうとも変わらないものだ。
それが俺は羨ましい。地上に目を向ければ乾いた地面、怪物の死体が転がるさながら地獄の光景。
後ろをに振り向けば地獄と平和を区切る壁がある。
俺が目にするほとんどの光景が、壁の向こうの景色だからな。
たまには一日中平和な光景を見ていたくもなる。
いつも以上に現実逃避をしているのには理由がある。
何せ今日は、山を背負った怪物を相手にしなきゃいけないからな。
「ひゃあー。まじかで見るとでっけーっす」
「ロック、あんまりはしゃぐな」
「ブラッドにぃー、それは無理っすよ。なんてったってあの、特級リクガメが目の前にいるんすよ。いける伝説、流石のデカさっす」
『くりくり』としてる目は、爛々と輝き興奮の色を映し出す。
さらにロックの飛び跳ねまくる髪が、はしゃいでるせいでさらに揺れて鬱陶しい。
犬耳や尻尾の幻覚が見えてきそうだ。
ロックがさっきから言っている、特級リクガメ。怪物の中でも最大の危険度、特級の怪物だ。特級の怪物には名前が付けられる。中でも特級リクガメはでかすぎて殺せないので、伝説とまで言われている。
「はぁ、あいつの相手をするくらいなら。俺は街の進路方向の掃討が良かった」
「そんな言わないで欲しいっすよ、ブラッドにぃ。リープっちと一緒じゃなくて拗ねてるんすね。ブラッドにぃはわかりやすいっす」
ロックが言ったリープは後輩の愛称だ。ロックやブラッドも愛称で名前じゃない。付けたのは仲間、いや家族の一人だった。
能力を得る際に、かつての人間関係は全て白紙になった。だからこそか、俺達サイコは失ったものを求めるように家族になった。
それよりもだ。
「俺は拗ねてない」
「またまた。照れ屋っすね、ブラッドにぃは」
拗ねていないと言ったら拗ねていないんだ。
後輩と一緒にいるのだって、好きと言うのはもちろんあるが。それ以上に安心して一緒に任務ができる存在が後輩なだけで。ロックは俺のナイフがそもそも刺さらないから一緒に行動できるだけで、他のメンバーは殺す可能性があるから一緒に行動できない。
俺だって人間だ。1人よりできることなら誰かと一緒に居たい。その思いは任務の時だってそうだ。1人より2人の方が生き残る可能性が上がるからな。だから後輩と一緒にいるのであって極論ロックと一緒でもいいわけだから。
つまり、俺は拗ねていない。
「ブラッドにぃ、言い訳終わったっすか。ほんとブラッドにぃはめんどくさいっすね。もっと感情を素直に吐き出せばいいのに」
「俺は拗ねてないし、照れていない。いいか、拗ねていないし照れてもいないんだ」
右手のナイフをロックの腹に押し当て、銃口も顔に向ける。ロックは能力の副作用でナイフは刺さらないし銃弾は弾く体になっている。だからナイフだの銃は無意味だが、やれば俺の気分がスッキリする。
「はいはい、ブラッドにぃは拗ねてないし照れてないっすよ。いつものカッコいいいブラッドにぃっす」
「わかったならいい。さっさとリクガメの進路をずらして、帰るぞ」
「カッコいいの所は否定しないんすね」
「なんか言ったか」
「何も言ってないっす。じゃあ行くっすよ、ブラッドにぃ!」
インカムから声が聞こえる。始まりを告げる声が。
「04号15号。作戦を開始してください」
今回の作戦は、移動都市
「それじゃあブラッドにぃ、離れてくださいっす」
「ああ」
ロックの隣で、大きく後ろへ一歩を踏み出し跳躍する。出来る限り巻き込まれないように離れるためだ。
俺が十分離れたのを確認したのか、ロックが両手を横に広げ足を肩幅に広げる。
すると、地面から土が舞い上がる。それは風に吹かれたからじゃない。地面から垂直に、ロックへと向かって動いているのだ。
これがロックの能力。土を自在に操ることが出来る能力だ。
ロックの体がだんだんと、土に覆われていく。それは徐々に岩になりロックを覆い隠していく。
岩はロックの素肌が見えなくなっても集まるのを止めない。その大きさが、中型と同じになっても止まらない。集まるのが止まったのは、リクガメと同じほどの大きさになった時だった。
岩の巨人。もし岩が鉄ならばロボットが現れた様に感じるだろう。ロボットの形なのは、ロックの趣味だ
岩の巨人の足元には大きな穴が開いてる。
俺が離れた理由そのものだ。
岩の巨人が片膝をつき、俺の方に手を伸ばしてくる。
「ブラッドにぃ、乗ってくださいっす」
「落とすなよ」
「ブラッドにぃがちゃんとつかまってれば落ちないっすよ」
岩の巨人の手に乗り、指につかまりながら前方を見やる。
リクガメは『のそのそ』と我が物顔で大地を歩いている。リクガメは基本人を襲わないという珍しい怪物だ。移動都市と進路が被らなければ無視してもいいい程、リクガメ単体の危険性は低い。だから、リクガメ単体ならば大型に本来は分類される。
だがリクガメが大型ではなく特級に分類されるのには、それ相応の理由がある。
俺達と、リクガメの距離が次第に近づいてくる。
「じゃあ、ブラッドにぃ下は任せたっすよ」
「ああ」
岩の巨人の手から飛び降り、体にナイフを突き立てながら地面に降り立つ。
単体相手の苦手な俺がここにいる理由と、リクガメが特級に分類される理由はつながっている。
「ブラッドにぃ、来たっすよ」
リクガメの背負う山から、地面に何かが落ちてくる。その数は数えるのが面倒になるほどだ。小型、中型、大型姿も見える。
リクガメが特級と呼ばれる
「リクガメは任せたぞ」
「了解っす、ブラッドにぃ」
ロックがリクガメと対峙する足元で、俺は怪物の群れと対峙する。
「今日はフルコースになりそうだな。前菜は二足小型か」
今日は数が多い。だからいつものように、殺すことを楽しんでいる余裕はなさそうだ。質よりも数を優先する日だ。
最初はいつもと何も変わらない、ナイフを構え小型二足の腹を
ここまではいつもと変わらないんだ。そしてここからいつもとは違う。
右手のナイフを瞬時に腰の鞘に納めて、右手も怪物の中にねじ込む。『ぐちゃぐちゃ』とも『ぬるぬる』とも言える、臓器ではない怪物の中身が右手にまとわりつく。
能力の副作用が高まり、その感触に愉悦を覚える。だが愉悦に浸る時間を、怪物はくれないようだ。
左右の手を、内側から外側へと動かせば。当然のように怪物は真っ二つになって地面に横たわる。
左右の手に握られるは二丁の大口径ハンドガン。左手にはいつもの白い対怪物用大口径ハンドガン。右手には、血によって作られた赤黒いハンドガンが握られていた。
それぞれのピカティニー・レール。簡単に言えばアンダーマウントレールには、ナイフが付いていた。
怪物の体は、この二振りのナイフで切り裂かれた真っ二つになっていた。
俺がナイフを使うのは、直接殺す感覚が手に伝わって。加虐思考が満たされるためだった。
銃弾の補充だって、わざわざ怪物の傷口にねじ込む必要はなかった。
全ての行動は、加虐思考を満たすため。だが今日はその必要はない。これだけの数が居れば、殺すだけで加虐思考は満たされる。
「さぁ、パーティータイムだ!」
両手に握られた銃を、背中側に構えて。二足小型の群れに突っ込む。
最初にぶつかった怪物を勢いのままに蹴り飛ばす。周りの怪物を巻き込んで吹き飛んだのを見ながら、右側から迫る怪物に二丁のハンドガンを刺す。
ナイフでハンドガンが固定されたのを確認して、そのままトリガーを引く。
怪物の体を貫通した弾丸は、怪物の背後にいた別の怪物に当たり次々と怪物を殺していく。
弾丸を打ち切ったタイミングで二丁のハンドガンを引き抜き、右手のハンドガンでそのまま首切る。
隙だらけの俺の背後から来た怪物を、左手の
すかさず右手のハンドガンのトリガーを引きとどめを刺す。
ナイフで刺す、銃底で殴る、蹴飛ばす。
体術と、銃が織りなす演舞が幕を開けた。
銃底で殴りつけた隣の怪物を狙ってトリガーを。
ナイフを怪物に突き刺しトリガーを。
しゃがんで足払いをした怪物たちに、ハンドガンのトリガーを。
引いて引いて、引きまくる。
銃声が奏でる音楽に合わせて、体は舞う。血が空を舞い、怪物の攻撃は俺には当たらない。攻撃を弾いていたらダンスにならないからな、全ての攻撃をステップで避けている。
だが楽しい楽しいダンスパーティーにも、終わりはつきものだ。
「前菜は終わりか。次はスープの登場か」
お次のお相手は、四本の足で地面を蹴り疾走する小型。
通称四足小型。その外見は犬と酷似しているが、角ばった姿と尖った牙や爪が凶暴さを強調している。さながら猟犬の用だ。
「舞踏の次は激しいストリートダンスがお望みか。いいだろう!」
終わることのない戦闘に体が歓喜する。加虐思考が満たされていく。でも、まだ足りない。
飛び掛かって来た怪物をしゃがんで避ける。右手の銃床で上に弾き飛ばし左手のハンドガンを向けトリガーを引く。
突進し噛みつこうとするやつには、骨の代わりに銃を噛ませてトリガーを引く。
四方八方から飛び掛かり、噛みつこうとする怪物に。俺は回転しながら相手をする。
「どうした、たった一人の人間相手に。やられてばかりか、クソ犬ども!」
右から来た怪物を、銃床で殴り。前の怪物を飛び掛かる前に撃つ。後ろから来る怪物をしゃがんで避け、左手は前に向けたまま。右手を後ろに回して撃つ。前に着地した怪物はもそのまま撃つ。
体ごと後ろに振り向き。飛び掛かってきた怪物に右手のハンドガンを噛ませる。そのまま足元から襲ってきた怪物にたたきつけて、右手のトリガーを行く。
攻撃を避けるだけじゃない。受け、弾き、叩きつける。ぶつかり合う激しい戦闘の中でも、俺は傷つかない。
「少しは集団戦術でも学んで来い」
最後の怪物を空高く蹴り上げて、銃弾を撃ち込む。
血の雨と肉片が空から降り注ぐ。
辺り一面に血の水たまりができている。
「スープにしちゃ、血生臭くて食えやしねぇ。次は魚を肉が一緒に来たか」
眼前には数十の中型の怪物。どちらも四足中型。だが容姿が異なっていた。
片方は水生生物であるワニに酷似した見た目。もう片方はクマに酷似した見た目だ。
「まだまだ、楽しめそうじゃねぇか」
まだまだ、パーティーは続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます