サイコの烙印~人モドキと呼ばれた彼ら~

幽美 有明

サイコと呼ばれた者たち。

 息を吸えば咽てしまうほどの、血と硝煙の匂いが充満する戦場で。

 俺は少女と向き合っていた。


「大丈夫か、後輩」

「先輩、私は大丈夫です」


 地面から立ち上がろうとする後輩に手を貸す。立ち上がろうと地面を踏み込んだが為に、うなじまである髪が揺れた。

 後輩の右手を掴み、左手で持ち上げる。すると地面に転がる怪物の死骸を踏み、後輩はよろけて倒れそうになる。

 舞った血が、戦闘用の隊服を汚す。

 後輩の見開かれた大きく丸い目に、表情をピクリともさせない俺が映っていた。

 俺は倒れそうになる後輩の腕を、咄嗟に掴んだ。


「どこが大丈夫なんだ。まともに立てないだろうが」

「今のは死骸を踏んだからです!」


 俺の胸辺りまでしか無い後輩に、目線を合わせるようにしゃがむ。


「先輩?」


 突然しゃがんだことに驚いている後輩の、膝裏に右手を。背中に左手を添えて横抱きにする。


「きゃっ!」


 突然の浮遊感に、悲鳴を上げた姿は。先ほどまで怪物相手に大立ち回りをしていた姿とは、似ても似つかない。ただの少女だった。

 能力使用による、人格浸食の影響は。人を人ではない何か。便宜上サイコと呼んでいる、何かに変えてしまう。

 首元にまだ残る幾何学きかがく模様が証拠だった。


「先輩この体勢はっ!?」

「いいから黙ってろ。舌噛むぞ」


 たった一蹴り。地面を蹴るだけで、空高く俺たちは舞い上がる。能力を使えるようになったおまけで身体の力が高くなった俺たちサイコは、この光景が当たり前になっていた。

 数秒の滞空ののちに、着地しまた地面を蹴る。


「先輩」

「なんだ」

「怪物は、どこから来るんですかね」


 後輩の視線は、地面の茶色がほとんど見えなくなった原因に向けられていた。過去に倒され放置された、腐り果てた怪物の死骸に。


「どこからともなく現れて、人類に牙をむくのが怪物だ」

「そうですね。そんな怪物の遺伝子を取り込んだ私達は、一体何者なんでしょうね」

「ハンターだろ」


 怪物を倒すために、怪物の遺伝子を取り込む。禁忌とまで言われた方法を使い、人類はハンターを生み出し生きながらえている。


「怪物の一部を取り込んだハンターじゃなくて。怪物そのものであるコアを取り込んで、サイコになった私たちの方です。人でもない、ましてやハンターでもない。もっとおぞましいサイコである私達は怪物……」

「人だ」


 後輩の言葉に被せるようにして、言葉を発する。強い否定の意味を込めた言葉を。


「俺たちは、まだ人だ。最も怪物に近くなった人モドキでも。まだ、感情があるからな」

「先輩。それってつまり」

「感情を失った時、俺達は怪物になり果てる」


 爆弾内蔵の重い鉄の首輪の感触にはもう慣れた。


「じゃあ先輩、私たちは怪物には絶対になりませんね」

「なんでだ」

「だって愛し合ってるから」


 横抱きにした後輩が首に手を伸ばして、口づけをしてくる。少し血の味がするのは、さっきまで戦闘をしていたからだろう。


「帰ったら覚悟しておけ」

「元からそのつもりです」

「ちっ!」


 壁に囲まれた街が見えてくる。まるで壁の外で起きている戦闘のことなど、無かったかのような平和な街並みが見えてくる。


「内壁勤務のハンターはいいですよね」

「そうだな」

「壁の外はこんな地獄が広がってるのに」


 ハンターは壁の内側に出る怪物の駆除。俺達サイコは、壁の外の怪物駆除。

 どちらが大変なのかは、周囲の光景が物語っている。


「早く帰りましょう先輩。私たちの家に」

「ああ」


 壁まであと少し。

 そんな時に、後方で『ドン』と音がした。

 地面に着地すると後方には、新たな怪物が群れを成していた。自動車ほどのサイズ、中型と言われる種類だ。その他にも人と同じサイズの小型が視界を埋め尽くしている。小型だけで数百、中型も数十匹入るだろう。

 耳につけていたインカムから声が聞こえる。


「04号・24号に通達。予期せぬ怪物が襲来。直ちに殲滅されたし」

「了解」

「先輩」


 嫌そうな顔をして、後輩が俺の目を覗き込んでくる。


「お前はここで見てろ。俺が片付けてくる」

「大丈夫ですか先輩。私も手伝ったほうが」

「大群相手の方が、俺は戦いやすいんだ」


 さっきの戦闘では少数の大型相手だったから、後輩に任せきりになっていたが。大群相手なら俺一人で片付けられる。


「行ってらっしゃい、先輩」

「行ってくる」


 後輩を背に地面を駆け抜ける。一歩踏み出すたびに地面は抉れていく。時には怪物の死体だったものを踏みつぶして進む。


 怪物たちに近づいたので、武器を手に取る。左手に白い対怪物用大口径ハンドガン。右手には刃渡りの大きい、ただ鋭く頑丈なナイフを持つ。ハンドガンほど、特別な物じゃないが。俺にとってはナイフは鋭く頑丈なだけで十分だった。


 怪物との最初の激突は二足小型と呼ばれる敵とだった。

 二足歩行の姿は人に見えなくもないが、角ばった体をした怪物。死んだ人のなれの果てとも言われていたがそんなこと気にしてはいられない。


 大きく踏み込んで、右手のナイフで怪物の胴体を横に薙ぎ払う。

 ハンドガンの銃口をその傷口にねじ込みトリガーを引く。

 だが白いハンドガンが血に染まるだけで、弾は発射されない。

 この行為の意味は別にある。弾丸の補充。怪物の血を自在に操るのが俺の能力。

 それゆえに弾丸は怪物の血だ。


「ヒヒッ」


 だが能力に代償が付いて回る。サイコは特にその代償が大きい。代償は人によるが俺の場合は……


「もっと、俺に血をよこせ!!」


 思考が、加虐思考でいっぱいになる。目に見えるもの全てを、気付つけなくては気が済まなくなる。狂ってしまう。いや、ある意味もう狂っているのかもしれないが。


 銃を乱射し、弾丸が無くなれば怪物にハンドガンの銃口をねじ込む。


 辺りに散乱する血を、ナイフに纏わせ形を変える。血が流れればナイフがナイフである意味はなくなる。ナイフは怪物から血を流す。と、言う役目を終えて新たな形へと姿を変えるのだ。


 直剣、槍、メイス。怪物を傷つけられるもの全てに形を変える。切りつける、貫く、叩き潰す。

 時にはハンドガンにも血を纏わせる。ショットガン、アサルトライフル、スナイパーライフル、ロケットランチャー。


 敵が多ければ多い程、流れる血が多い程に俺は強くなる。


「前菜は終わりだ」


 視界を埋め尽くしていた二足小型の怪物はほとんどが地に倒れ、血をまき散らしていた。


「さぁ、とっておきのメインのお待ちかねだ」


 殺さないように残していた、中型と対峙する。小型は基本三種類しかいないが、中型は様々な種類がいる。


 まずは小型を大きく強靭にした、二足歩行タイプ。通称二足中型。


「Gaaaaa!!」


 左手に持っている、ハンドガンをいったんホルスターに仕舞う。


 ハンドガンの代わりに左手には血槍を作り出し、刃が下に向くように逆さに握る。右手のナイフも同じように血槍にして逆さに握る。


 怪物は両足を広げて踏み込み、両手を俺に向けて振り下ろす。

 そのまま叩き潰されるわけにはいかない。

 大きく広げられた怪物の足の間を姿勢を低くし通り抜ける。


 背後で地面が弾け、その衝撃が足に伝わる。

 振り返り怪物の背後を見る。

 視界からいなくなった俺を探す、二足中型の足に血槍をぶっ刺す。それも両足を地面に縫いつけるように二本だ。


「Gyaaaaa!?」


 背後からの痛みに吠える怪物の叫びが聞こえる。


「俺に、もっと叫び声を聞かせろよ!」


 上空に振り上げられた両腕を、血槍で地面に縫いつけるべく。高く空に飛び上がる。

 再び両手にした血槍を、眼下の怪物の両手めがけて投擲する。


 それも一本だけじゃない。2本3本と地面に降り立つまでに、投げられるだけ投げる。

 そうして地面に着地するころには、串刺しの二足中型が出来上がっていた。

 だがまだ生きている。


「Ga……Gya……」


 弱弱しい声に呼応したのか、辺りにいた二足中型が集まってくる。


「集まって来たな、ちょうどいい」


 どうやら今回出た中型は全部二足中型だったらしい。

 それに向けて右手を上げる。

 その間にも一歩一歩、二足中型は近づいてくる。

 だがふいにその足が止まった。

 いや、俺が止めた。


 二足中型の両足は地面から生えた、血槍によって縫いつけられていた。

 それもすべての生きている、二足中型のだ。

 ここからがラストスパートだ。


「いい悲鳴を聞かせてくれよ」


 地面から、怪物たちの血が空へと昇って行く。

 まるで降ってきた雨が、逆再生されて空に昇るように。辺り一面が、空に昇る地によって埋め尽くされた。

 更には血の雲が出来上がっていた。


「こんな言葉知ってるか?」


 俺は怪物たちに語り掛ける。


「いつもふざけてるやつが、急に真面目になると言う言葉なんだ」


 血の雲が降りてくる。いや落ちてくる。


「空から槍が降るぞ。ってな」


 血の雲は、全て血の槍となり。地面に降り注ぐ。

 見渡す限り、一面が。血槍の貫かれた二足中型のオブジェで埋まる。

 もちろんそのほとんどが死にかけだ。まだ多少生きている。


「最後だ」


 ナイフを、水平に構える。血がナイフに纏わりつきどんどん伸びていく。その長さは、辺りにいる二足中型を一掃できる長さだ。

 ここまでくれば分かるだろう。


「いびつなオブジェの完成だ」


 ぐるりと一周、体を回転させる。刃の伸びたナイフもつられて周り、二足中型の怪物全てが横にずれていく。

 後に残った光景は、上半身の無い。怪物のオブジェだった。


「せんぱーい」


 近くで後輩の声がした。


「血濡れたカッコいい先輩が見たくて来ちゃいました。また派手にやりましたね。血も滴るいい男って……」


 後輩の言葉はそこで止まる。

 俺が腹に刺したナイフによって。

 見えるもの全てを、攻撃する代償によって。

 ナイフを伝って、後輩の血で手が濡れる。

 後輩の目には、短い髪に細い目を既に細めた俺が映っていた。


「なんで来た」

「だから、カッコいい先輩視るためです」

「ナイフで刺されるの解ってか」

「はい」


 後輩の腹からナイフが抜かれる。傷口からは血がとめどなく流れるが、後輩はそれを気にする様子はない。

 次第に後輩の血の流れが弱まっていく。

 白く綺麗な肌から流れ出る血は止まり、傷跡はもうそこにはない。

 俺も後輩も。肌には幾何学模様が浮かび上がっていた。


「帰りましょ先輩」


 再生。それが後輩の能力。俺が後輩を愛するきっかけでもある能力であり。俺達が一緒にいる理由だ。


「ああ、後輩」

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