最悪 5
――眼球レンズにエラーが発生しました――
地上に戻ってプライベートの端末を取り出すと、そんなメッセージを受信していた。
機械義体は自分の端末と通信を繋げることが可能だ。今回のように不具合が発生すると、メッセージで知らせてくれる。
かつては不老不死思想とも結びついていたらしい機械義体だが、いざ実用化してみると様々な問題点が見付かり、メンテナンスを行わなかった場合の寿命は十年から十五年と推測されている。俺はこまめに調整を行っているが、それでも三十年使えればいいところだろうと医者からは告げられている。
この体になってから十年ちょっとだから、単純計算およそ二十年で新しい体を付け直さなければならない。今は保険の適用内であるからよいものの、実用化された当時は保険は使えず、非常に高価であったと聞いている。まだ俺が生まれて間もない頃の話だ。中学校に上がってしばらくして、機械義体が保険適用される、というビッグニュースが世間を賑わせたのを覚えている。
しかし先程から目に浮かんでいた星は不具合だったのか。俺は仕事を抜けてかかりつけ医の元へと向かっていた。エラーは早めに対処しておかないと、後々面倒なことになるのだ。大学の頃左足の関節にエラーが出たのを無視していたら、ある日突然足が伸ばせなくなって滅茶苦茶に困った。もし捜査中にあんなことになってしまったら始末書ものだ。不具合は肉体に置き換えるなら体調不良だ。体調不良で始末書とはいかがなものだろうかと、正直なところ思っている。
簡単な調整で済めばいいのだが。クリニックは横断歩道の手前を曲がってすぐだ。
しかし近付くにつれ、行き交う人々がちらりちらりとクリニックの方へと視線を向けているのが気になった。何かあったのだろうか。妙な喧噪が辺りに薄く広がっていた。怒号。罵倒。何かトラブルだろうか。急ぎ足で角を曲ると、目的地であるクリニックの前に三十人ほどが陣取っていた。
性別も年齢も統一性のない彼らだが、皆一様に『機械化反対』『機械義体は害悪』等とヘイトの記されたプラカードを掲げている。反対派のデモ集団だ。
俺は仕事用の端末を取り出して、今日の集会申請の一覧に目を通す。
デモやら集会やらパレードやら、そういった行為で主義主張を表すこと自体は違法ではない。むしろ推進されている節さえある。しかし事前に届け出が必要で、済されていないのであれば違法となる。残念ながら彼らは違法のようだ。
警察手帳を見せて取り締まるべきか。ジャケットの内ポケットに手を入れるより先に、プライベート用の端末が鳴った。クリニックからだ。
『二ツ森さん? 申し訳ないんですが裏口から入っていただけますか。表で騒ぎになっていて』
「今ちょうど表まで来てます」
俺は声を潜めて答えた。これはすごいですねと呟くと、慣れたもんです、と苦笑いが返ってきた。
「ついでに取り締まろうかと思ったんですが」
『ああ、そういえば刑事さんでしたっけ。止めた方がいいですよ。先頭に小太りのおじさんがいるでしょう?』
デモ隊を盗み見る。確かに先頭に立っているのは小太りの中年男性だ。白髪交じりの頭はぼさぼさだが、鬼気迫る顔で何やら叫んでいる。
『あの人がかなり面倒なんですよね……時々受付にまで乗り込んでくるんです。で、さすがに怖かったのでさっき警察に連絡したら、無許可のデモ隊だからすぐに来てくれるって言われて』
なるほど。確かに遠くで響くサイレンがどんどんこちらに近付いている。パトカーは俺の背後まで来たかと思うと、一瞬で追い抜いてデモ隊の真横で停車した。
「はい警察! はいはいはい今すぐ解散して!」
パトカーから降りてきたのは俺と同年代くらいの男性二人だった。助手席から降りてきた方は俺よりも背が高くてガタイが良く、威圧感がある。程よく日焼けしているので、もしかしたら何かスポーツでもやっているのかもしれない。彼の良く通る声に、デモ隊の統一性のない叫びは一瞬で掻き消された。
彼に威圧されたのか、デモ隊後方にいた女性が怯えた様子で道を空けた。すると先頭に立っていた中年男性が、デモの勢いそのままに彼に立ち向かった。
「アンタ警察? 集まっちゃいけないなんて法律はないでしょう!?」
「集まってもいいけど許可がいるの! 出してないでしょ、申請書! 許可がないと違法、すぐ解散しなさい!」
「はあ!?」
えらく高圧的な奴だな。俺は眉を潜める。機械義体関連でも出動してくるということは、特課の連中なのだろう。デモの取り締まりは……五係だったか。
一触即発といった雰囲気の二人の間に、彼のパートナーであろう刑事が割って入る。
「まあまあまあ。ほら。二人とも落ち着いてください、ね?」
黒縁の眼鏡にやや長めの七三分け。典型的な古いサラリーマン風のパートナーは、彼とは対照的に人当たりの良さそうな雰囲気を醸し出している。典型的な飴と鞭。なかなか良いコンビではなかろうか。
……羨ましい。俺は自分のパートナー(暫定)を思い浮かべる。俺とあの人、どっちが飴にあたるのだろうか。
物腰柔らかなパートナーの登場でその場は収束の雰囲気を見せている。何かあれば助け船を出そうかと考えていたが、その必要はなさそうだ。俺は一本裏道に逸れて、指示のあった通り裏口からクリニックに入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます