最悪 2
「さて、一緒に来てくれ。君のパートナーを紹介したい」
捜査担当の警察官は、基本的に二人一組で行動する。どうやらここでは互いのことをパートナーと呼ぶらしい。
課長は立ち上がり、足早に部屋を後にする。付いてこい、ということだろう。部屋から出ると、彼は東端の階段の前でこちらに向けて手招きをしていた。エレベーターも、特庁の真ん中を貫く大階段も使わないのか。小走りで追い着くと、彼の後ろについて階段を駆け下りる。
地下一階まで降りて、案内された扉には「第二倉庫」と記されていた。何故倉庫なんかに、と口にする前に、課長は俺に中に入るように促した。ほんの一瞬俺が躊躇った間に課長が扉を開け、するりと滑り込むように入り込む。
「早く」
囁くような声だった。俺は慌てて中に入ると、課長は廊下に顔を出して、何度か辺りを見回してから音を立てないように扉を閉めた。
「あの」
「こっちだ、急げ。誰か来ると困るんだ」
困る? 困るってどういう事だ? そもそもパートナーを紹介すると言われて何故倉庫なんかに連れて来られたのか、さっぱり分からない。それに何故課長はこんなにも隠れるように行動しているんだ。
疑問符を浮かべる俺を余所に、課長はどんどん奥へと歩を進めていく。空気がどんどん冷え込んで酷く寒かった。
やがて、最奥の壁の手前に積み上がった段ボールの山の前で足を止めた。山の隙間を縫ってさらに奥へ進むと、課長は突然しゃがみ込んで床の埃を払い始めた。
「あの、一体何を」
「ああ、あった。はい、引っ張って」
「え……」
埃塗れの床に隠されていたのは、扉だった。飛び出した引き手を言われるがまま持ち上げると、ふわりと生暖かい空気が隙間から漏れ出してきた。舞い上がった埃に思わず咳き込むと、静かに、と課長がこちらをじろりと睨み付けてくる。
「降りるよ」
示された先、扉の向こう側には、更に地下へと続く階段がほぼ垂直に伸びている。それは人間一人通るのがやっとのような幅しか無くて、まるで地獄の入り口のようだった。込み上げてくる風が俺を飲み込もうとしているかのような錯覚を起こして、たたらを踏んだ。
課長は右手を先に潜り込ませると、何かを探すようにぱたぱたと動かす。やがてぱちりと乾いた音がして、地獄の門に明かりが灯った。
「先行って。扉閉めなきゃいけないから」
「あの、ここは一体」
「着いたら説明する。今は急いで」
半ば押し込まれるようにして、俺は階段に足を踏み入れた。こつん、と足音が酷く反響する気がする。ささやかな踊り場まで降りると、どん、と鈍い音を立てて扉が閉められ、課長が足早に降りてくる。
「いやあ、やっぱり狭いね。ま、ルートは幾つかあるんだけどこれが一番早いし」
「これ、一体何処に続くんですか」
やっと追い着いてきた課長は、早く進めと言わんばかりに俺の背中を軽く押した。
「特別室」
「は?」
反射的に足を止めて振り向いたが、早く、と両手で無理矢理顔を正面に戻された。仕方ないが、今は進むしか無いらしい。暖色の照明の中、地獄へと続く階段はもう二つ踊り場を越えて、やがて細い廊下に出た。
「右の一番奥ね」
言われたとおりに右を見遣ると、ぼんやりと薄暗い、古い潜水艦の内部にも似た突き当たりに、鉄製の扉が見えた。近付いてみると、扉の端と、その横の壁にドアハンドルが取り付けられ、太い鎖でぐるぐると何重にも縛り付けられていた。
俺は妙な気味悪さに思わず足を止めた。これは一体何だ。何故こんなことをしている。そもそも、この場所は一体何なのだ。これはまるで誰かを監禁するための――
「課長、あの、パートナー、って……」
「ほら、ここに南京錠があるから。三つね。番号はこれ。今覚えて」
課長は俺に構うこと無く、鎖を留めていた南京錠のダイヤルを回しながらこちらに見せてくる。
がちゃん、がちゃん、がちゃん。三回音を立てて全ての錠が外れると、慣れた手つきで鎖を解き始める。解けた鎖を足下に投げ捨てると、ドアハンドルの横に仕付けられた小さなカバーを開いた。どうやら最終解錠にはパスコードが必要らしい。打ち終わると、これね、とまた俺に覚えるように促した。
「遅れたからなあ。機嫌が悪いかもしれないね」
まるで駄々っ子の面倒を見る父親のような台詞と同時に、タッチパネルが軽やかな電子音を響かせた。
「ほら、最後に表示されたこれ覚えといて。出るときに必要だから」
課長ははあ、と腹の底から出したような大きな溜息をつくと、ドアハンドルに手をかけて、いかにも重そうな鉄扉を引いた。ぎい、と蝶番の軋む音が響いて、俺は固唾を飲んだ。
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