第6話

 上がった息を整えながら、階段の下にある空間に隠れ田代の様子を伺う。

 田代は半分人間の姿で、もう半分が黒く影を纏うような姿になってしまっている。前傾姿勢で辺りを見回す姿はまるでゾンビだ。


「何百年ぶりに見た姿だ」

「オレも」


 人外二人が落ち着いた様子で、語る。雅大は息を整えつつ二人の隙間から様子を伺う、校内に妖気が満ちてきている、もう何時間経ったのか定かではない。妖魔が作り出す結界の中では時間は無意味だ。

 だが、あまり長期戦を強いられれば残された生徒や教師の命が危ぶまれる。早急に彼を葬らなければいけないと叫ぶ。


「どうします」

「難しい質問だな。まぁでもこのまま鬼ごっこを続けるわけにもいかないだろう。私が奴の気を引こう。キミたちは後ろに回り傷の一つでも付けてくれ」

「直接ならいけるってことか?」

「さぁ?それはキミらの腕次第だろうな」

「腹立つなぁ」

「早く行くよ、ラヴィアン」

「はいはい」


 縁が先に、田代の前を走り抜け気を向けさせる。


「さぁ、こっちに来い」

「がアあああ」


 縁は拳を構え、田代をおびき寄せる。

挑発に乗るように、田代は勢いよく縁に突っ込んでいく。強めの一撃が田代の腹部に入るが少しのダメージしか入っていない様で、若干体制を崩した後田代の腕が縁の顔面目掛け飛んでくる。

 それを素早く避け、カウンターを繰り出す。風のように流れるその拳はまるで舞いのようだ。


「すごい」

「よそ見して暇ねぇぞ!」

「あぁ、一気に斬り込む!」


 縁が彼の気を引いている間に二人は背後を取り、手にしている各々の刃物で斬りかかる。脇腹と首に上手く刃が入り血飛沫が窓を染める。

 田代は体制を大きく崩し後ろに倒れる、体が赤黒く染まっていく。


「やった…か?」

「いや、まだだ!」


 次の瞬間、黒い飛沫が空を舞いそれは鋭利な刃となり三人に襲い掛かる。壁が崩れ外が伺い知れた。目にしたのはグランドで待機するいとと、神の男の姿。

 そして、こちらの様子を伺う多くの生徒たち。

 風圧で外に投げ出された体は重力に従い落ちていく、縁の伸ばされた手が空を掴む。


「雅大!!」


いとの悲鳴にも似た叫びが、雅大の耳に届く。

 攻撃の手は止まない、縁の脇を通りラヴィアンが必死の形相で雅大の腕を掴まれる。地面とはもう目と鼻の先だ。

 ラヴィアンが強く地面を蹴ると、雅大の体は空へと舞い上がる。


「気ぃ失うなよ!」

「ごめんっ」

「このまま突っ込む、札使え!」

「了解!」


 風圧に押されながらも、空高く舞い上がった時の一瞬の制止で雅大は札を取り出し構える。先程の攻撃で受けた傷で流れる血が札に付着する。

 詠唱を始める。


「—―閃光!」


 眩い光が、一戦を貫く。縁が抑えてくれていたおかげで伸ばされた田代の腕に光の柱が突き刺さる。貫かれた腕は再生しないのかボロボロと崩れ落ちていく。

 その閃光を目の当たりにした縁とラヴィアンは驚いた顔を見せる。

雅大は、壁に背を預けしゃがみ込む縁に手を差し伸べる。


「驚いた。やるな」

「いえ、あれじゃ上手く狙いが定まらないので一度が限界です」

「まじで驚いた…やればできるじゃねぇか」

「普通だよ、これくらいいとだって出来る」


 壁が崩れる音と呻き声が耳に響く。三人は同時に振り返るそこに居たのは最早田代とはいえないモノがいた。


「妖魔を取り込んだのか…」

「気持ちわりぃな」

「酷い臭気だ…」


ぐちゃぐちゃと耳に付く音を響かせながら妖魔を貪り喰う姿は直視しがたい。

 そして、伸ばされた手は教室に倒れていた人間。


「やめっ…」


 人間の口とは思えない程の大きな口と歯が人間を喰らう。骨の砕ける音と肉の裂ける音が辺りに響く。大量の血が大きな口から零れ落ちる。

人間ではない。そこにいるのは妖魔だ。

 縁の姿が変わる、それが何を意味することなのか聞かなくとも分かる。


「おいおい、下品な喰い方すんなよ…」

「最悪だなこれは」


 目を疑う光景と、重なる残像。

 雅大の体が震える。

『逃げろ』と叫ぶ。

あるはずのない、姿が重なる。そこに在るはずがない、有り得ないことだと頭の中では分かっているのに体が動かない。震えが止まらない。


「雅大、大きく息を吸え」

「は…っ」

「深呼吸をしろ、そうじゃないと動けなくなるぞ。大丈夫だ、アレは違う。アレは妖魔だキミがこれまでに祓ってきた妖魔だ、同じだ。だからやることは一つだ。分かるだろう?」

「…はい」


 雅大の意識が形あるものに戻る。

 そう、あれは妖魔だ。最初から分かっていたことだ、田代は既に死んでいた。あの時から既に雅大の知る田代ではなかったのだ。

 雅大は、短刀を構える。が、先程の戦闘で折れてしまっていた。

最期の札を手に、呼吸を再び整える。


「私たちが時間を稼ぐ、もう一度いけるな」

「はい。頼みます」

「しくじんなよ!」


 ラヴィアンが細身の剣を手に宿し姿勢を落とした。

 縁も同様に、腰に携えた刀を抜き刃先を妖魔へと向ける。

 そして、二人同時に妖魔に斬りかかる。刃先はほんの数センチが入るのみで大きな傷は負わせられない。肉体が固くなっているのだ。


「何とか動きを止めさせられれば!」

「おい!鬼、同時にいくぞ」

「なに」

「腕がないなら狙う先は一つだろ!動きが止まれば雅大が狙いやすくなる、詠唱は既に後半だ、一発で決める!」

「あぁ!」


 一旦距離を取った二人は激高する妖魔の攻撃を避け、滑るように下方へ流れ込み足を斬り込む。案の定下半身は強化されておらず簡単に刃が肉を裂く。

 呻き声を上げ、崩れ落ちる妖魔は動きが止まる。


「雅大!」


 二つの声が重なるその瞬間、光の粒が雅大の眼前を照らす。


「—―閃光」


 一筋の光は幾重にも、妖魔の体を貫く。

 廊下の眩い光に、グラウンドで様子を見ていたいとが目を見開く。


「ほう、これは素晴らしい。さすがですね」

「雅大…」

「決着は着いたようですね。何故、そう睨まれる」

「何故、雅大に拘るのですか」

「おや?おかしいですな、貴女もこれに賛成だと伺いましたが…」

「危険すぎます。あの子が死んだらどうするんですか!」


 必死の形相に、神である男は不敵に笑う。


「陰陽師。なのでしょう?」

「…そうですが、彼は戦場を離れていた。なのに急にこんな現場危険すぎます」

「危険はありませぬ、彼はちゃんと力を持っている。それにこれは我らの総意の元に決まった事。おいそれと違えることはできませぬ」

「どういうことですか…」

「里見雅大。彼には里見家の当主になって頂きたい。さすればこの世は安泰よ」


 男の言葉にいとは反論が出来ない。確かに彼は陰陽師で里見家の正当なる血筋。誰もが彼が当主になることを望んでいる。だが、いとはそこまでの助力を望んだのであって、彼を後継者として押し上げることを望んでなどいない。

 なのに、心の片隅ではどこかでその事を望む自分に気付き黙るしかできなかった。


「いと」


 声の方へ視線を向ける。傷だらけだがしっかりとした足取りに安堵を覚えいとは急いで雅大に駆け寄る。


「ごめん。刀折れた」

「いいよ、貴方が無事ならそれでいい。助けに行けなくてごめん」

「平気。気にしないで」


 笑う姿が妙に痛ましく胸に刺さる思いを隠して、いとは折れた短刀を受け取る。

傍らに立つ縁が、少し困った顔をするものだから余計に気まずくなってしまい微妙な間が生まれた。


「てかさぁ、オレあの人の名前知らねぇんだけど」

「あぁ、そうだったな…。紹介する」


 縁が困ったような顔で、神の男を手招きする。相変わらずの笑みに少々の胡散臭さを感じつつも縁の言葉を待つ。


「ほら、名前」

「あぁ、まだでしたな。我は犬月響いぬづきひびき、犬神よ」

「真名…?」

「そうだ。我を縛ることは誰も出来ぬ故構わぬのだ」

「へぇ…」


 妙に嘘くさいのはその笑顔のせいか、雅大たちは納得のいかない顔で犬月を見る。

犬月は「はて?」と顔を傾げる。


「そうであった。其方にも言っておこう」

「なんでしょうか…」

「我は其方に期待しておる。これからも励め、里見家の後継者」

「後継者…?」

「うむ。待っているぞ、其方が奴を落とすその瞬間を…」


何か、恐ろしい事を言われているようで雅大の表情は強張る。

 神様的なジョークなのか、それとも本気なのかその真意は読めない。



「恐ろしい男です。里見雅大」

「いやぁ楽しくなりそうだよねぇ」

「アリアに報告を。行きますよアンジュ」

「え~もう少し見てたかったな…まぁ仕方がないか、また会おうね雅大」

「それと、吸血鬼のことも報告しないとですね」

「あぁだね…早く戦いたいなぁ。お前もそうだろうアビス」

「ボクも、早く殺したくて堪りません。こちらに堕ちてくれれば一番楽ですが」

「ふふふ。ここに来て良かったぁ」


 校舎から少しばかり離れた建物の上。そこには白と黒の翼の生えた少年と少女が地を見下ろしていた。

 羽ばたきの音が、聞こえた時には二人の姿はそこには無く空は満天の星が煌めいていた。




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