第5話

 翌日、田代は学校に来ておりクラスメイトは彼を囲んで、心配の声や安堵の掛けていた。いつも通り雅大はラヴィアンと共に教室に入る。心なしか雅大自身も田代の姿と変わらない笑顔に安堵している。

 後ろの席にいつものように座る、そうすると田代が笑顔で挨拶をしてくれた。


「マサ、おはよう」

「おはよう」

「なんか、心配かけさせたらしいなごめん。朝、花園先輩からマサも心配してたって言われて、もう二度と肝試しなんてやるなって怒られたよ。ホントごめん!」

「いいよ。心配していたのは俺だけじゃないけどね」

「だよなー、ホントみんな心配かけさせてごめん」


 その言葉に、クラスメイトは口々に「本当にな」と言葉を投げる。

女子生徒の一人が、田代に近づいて頭を下げる。その表情は今にも泣きそうだ。

田代もその女子生徒に謝り、なんとか無事に戻れたことにお互い安堵した後には笑い合っていて、教室の雰囲気も和んだようだ。

 捜索は難航している。偶然にも田代は助かって”いつも通り”の生活を送れているようだ。


「いつも通りだったな」

「見つけた時には心此処に在らずって感じだったけど、本当に何もない?」

「ないよ、怖いくらいに」

「そう…」


 田代の姿を注意深く観察していたが、午前中は特に何も変化は無かった。

 明るく、笑顔でクラスメイトといつものように不思議な話をひけらかしていた。

 

「一応、彼が帰るまで観察よろしくね。放課後は先輩も来てくれるって」

「へぇ、あの人来てんだ」

「うん。何故か、あの神様も来てくださるらしい…よ」

「なんでだよ、それって明らかに田代が黒って意味じゃねぇの?」

「まだ分からないでしょ」

「はぁ?わざわざ来る意味がそれ以外であんのかよ」

「ほら、人間の通う学校が珍しい…とか?」

「有り得ねぇだろ。何百年生きてると思ってんだよ、学校の一つや二つ見たことあんだろ」


 ラヴィアンの追随に返せる言葉が見つからず、いとは黙り込む。

空気が途端に重くなる。

 話しが進まないままその場は、解散となり各々が教室に戻ろうとした時、いとに呼び止められ雅大は立ち止まる。


「マサ」

「なに?」

「これ、渡しておく。短刀だけど無いに越したことないでしょ」

「あぁ…うん。そうだね」

「お札は持ってるんでしょ?」

「うん」

「じゃあ、よし!」

「何も良くないけどなぁ」

「良いの。その気さえあればそれでいいの」

「…ありがとう。これは使わない方向で考えておくよ」

「…うん」


 受け取った短刀を、教師にバレないように懐に仕舞う。

内ポケットには常にお札を何枚か入れているが殆ど使ったことはない、妖魔を目撃することはあれど見えない振りをすれば彼らは襲ってくることは無かった。

 憑かれている人間を見た時も素手で触れただけで消えるくらいの低級だった。この町はそれくらい平和だったのだ。

 常に武器を所持せずとも暮らしていけるくらい、そんなことで危機感を覚える必要などないくらいに人々は安寧の暮らしをしていた。

 それが、今では武器を持たないといけない本職だから仕方がない事だが、雅大はそれを望んでいないことをいとはしっかりと分かった上で渡している。


「護身用、か?」

「気配消さないでくれます?思わず斬りかかるところでした」

「あはは、怖い怖い」

「護身用だったらどれだけ良かったか」

「そうですね。キミはそれの扱いを覚えているようだけれど、もう少し刃長はあったようにも思う、構え方を一瞬だが間違えたな」

「はぁ、あんな一瞬が見えたって言うんですか?鬼の洞察力を侮っていました」

「ほんの一瞬の隙も命取りだな。”腕が鈍った”と言ったらいいか?」

「そうですね。もうしばらくは触れていなかったので」


突然現れた縁は、余裕そうな格好で雅大と対峙する。

 刃物を持っているせいかいつもより気配に敏感になってしまった雅大は抜き身の刃物を懐に仕舞う。周りに生徒が居なかったことが唯一の救いだ。

 そのまま、何事もなかったかのように教室へと戻る。少し先にはラヴィアンが立ち止まってこちらを見つめている。


「あぁ、そうだ。彼を一人にするのは感心しない」

「昼間ですよ」

「はは、そうだな」


それだけの言葉を交わして、雅大は縁と別れた。

 教室は、相変わらず盛り上がっていて和気あいあいとしている。その様に自然と気が緩む、しかしふと体に触れる武器の感触。久々に感じるその感覚に調子が狂わされそうになる。


「どうしたー?マサ」

「え…」

「何かあったか!」

「田代が望むことは何一つなかったよ」

「んだよ、つまんねぇ」


 ぶつくさと文句を垂れる田代、その姿は紛れもない雅大が知る、田代そのものだった。なのに、心に潜む影は消えてくれない。

 

「終わったー!!」

「うるさ…」

「なんだよ、やっと授業が終わったんだぜ。やっと自由だ」

「寄り道、するなよ」

「お前はかーちゃんか…。分かってるよ」


 田代は再三の忠告にうんざりした様子で、鞄に荷物を詰める。何事もない事を祈るしかない今の状況が雅大にとってはとても苦痛だ。

と、その気持ちを遮るように、あの女子生徒が田代を呼び止めた。

 教室を出る瞬間に、女子生徒は田代を呼び止め何かを話したあと教室を出て行った。

 ラヴィアンが雅大に目配せし、二人が席を立とうとしたときクラスメイトに引き留められる。


「そういや、礼がまだだったなって思ってさ」

「いや、礼なんていいよ。いま急いでるから」

「連れないこと言うなよ~なんか奢るから飯いかね?」

「いかない。真っ直ぐ帰れ」

「冷たいなー」


 前に進もうとする度に、クラスメイトが前を塞ぐ横目でラヴィアンを確認するが雅大同様にクラスメイトに阻まれ動けない。状況がおかしい、そう感じた時にはもう既に田代は教室から出て行った後だった。


「田代!」


 雅大の叫び声に、誰も反応することもなく。クラスメイトの勢いは増す。

空間がぐにゃりと歪み、空が異様な色に変わる、赤紫の空だ。

 濃い妖気に気分が悪くなりそうだ。


「雅大!」

「結!」


 ラヴィアンの声に、閉じかけた目を開け札を教室の壁に向けて四方に放つ。

 妖気が遮断され、気絶している生徒の表情が穏やかになる。


「油断したな」

「憑依じゃない…完全に意志があるタイプだ。乗っ取られてる」

「面倒だぞ、剥がせるのか」

「分からない。場合によっては…」


雅大は張り詰めた表情で懐にある短刀に触れる。

 とにかく、二人は結界の外に出る。ラヴィアンはいつの間にか本来の姿に戻っている。


「気分わりぃわこの空気」

「場所も関係してるかも」

「確かにな」


 廊下を走っている間に、通り過ぎる教室から妖魔が飛び出してくる。雅大が反応する前にラヴィアンが一薙ぎで妖魔が塵に還る。

 凄まじい威力の力が妖魔を一掃する、雅大も札を構えるが意味がない。


「残数は?」

「え、知らない」

「敵じゃねぇ札!」

「十あるかないかくらい…?」

「お前…余裕じゃん…」

「いや、そんなに持てないし」

「陰陽師、こんな命知らずで大丈夫か」


 それもそのはずで、雅大はここ最近まで前線から離れていた。札のストックも心許ない。守護と攻撃、その二種で十数枚ずつをいつも携帯はしているが効く保証はどこにもない。低級なら問題はないが、中級以上ともなれば話は別で、今の状況は中級なら稀にいるレベル。飛び出してくる妖魔は問題なく札で払える。短刀は、妖魔の懐に入らないといけない、ブランクがある彼にとっては不安なところではある。


「大丈夫。いけるよ」

「それは感心だ」

「先輩!」

「合流できて良かった。やはり黒だった」


 曲がり角で、合流した縁は制服姿だ。日本の妖怪だけあって体制があるようだ。

縁と共にいると思っていた神の姿は見当たらない。


「先輩、神様と一緒なんじゃ…」

「あぁ、彼は外に花園いとと一緒だ」

「いとと?」

「外で結界を守ってもらっている。彼と一緒にね」


含み笑いを浮かべる彼は少しだけ恐怖を感じる。

 とにかく、いとの無事を確認できたことで雅大は安堵する。


「居たぞ!」


 ラヴィアンが立ち止まり、三人が立ち並ぶ。

視線の先には、禍々しい気配を纏った田代の姿があった。田代の足元には女子生徒が倒れている。駆け寄って具合を確かめたくても、田代の気配が邪魔をする。


「田代」

「やぁ、マサ。どうした怖い顔をして」

「それはこっちのセリフだ。なにしてる」

「なに?なにって…なんだよぉ」


ぐにゃりと笑う顔が不気味で、ぞくりと背中に恐怖が伝う。

 一瞬の隙をついて、田代の姿が消えた。気付いた時には眼前に田代の顔があり手が顔面を覆う。それと同時に、体が後方に引っ張られ浮遊する感覚と、何かがぶつかる音がした。


「しっかりしろ!」

「一旦広い場所に逃げるぞ!」


 雅大を後方に引いたのはラヴィアンで、田代は縁の拳で壁に吹き飛ばされていた。

よろけた田代が壁から這い上がろうとする合間に、縁も強く地面を蹴ると二人に追いつくように走る。


「雅大、空爆の札は?」

「ありますけど、効くかどうか…!」

「足止め程度で構わない!撒け!」


 雅大は縁の指示に従い、札を構え静かに言葉を唱える。

そして、通る道に貼り付け田代が近づいてきた時に、言葉を下し爆破する。


「うわぁ…派手だわ」

「そんなこと言っている場合ではないぞ!」


必死になって逃げる三人に詰め寄る田代の速さは既に人間の枠を超えている。

 

 雅大の手元の札は、もうあと二枚になった。

 





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