第4話
「はよー」
「おはよう。ラヴィアン」
「あれ女は?」
「女…って、いとね。今日は任務で学校は休みだよ」
「ふーん。お前は行かねぇの」
「…うん。呼ばれていないから」
明らかに表情が曇る雅大にラヴィアンは適当に返事をして済ます。
そのまま無言の状態で、教室に入ると生徒が一人雅大に駆け寄ってきた。
「なに?」
「お前、聞いたか?田代、いなくなったって…」
「…そう」
「そうって、お前陰陽師なんだろ?何か知らないのかよ、うちの近所はその話で持ち切りだよ。突然いなくなったって」
「いつの話だよ」
「え、確か…昨日の夜十時に家を出て行ったっきり帰ってこないっておばさんが」
昨日のその時間は、雅大は話し合いの真っ最中だ。気配が濃すぎて下等の気配を感じることは出来なかった。そして、最近は街中に夜十時以降の外出は危険と判断し未成年の外出は禁止されているはずだ。
「おいおい、確か今は外出禁止だろぉ。違反じゃないのかよ」
「そうだけど…」
ラヴィアンの追及にクラスメイトは、たじろぎ黙り込む。教室内も静まり返ってしまった。その空間に響いてきたのは女子生徒のすすり泣く声だ。全員の視線が彼女に向けられる。彼女は少し肩を震わせ友人に縋りつくように怯えている。
「…十時以降の外出は禁止なのは知ってたのっ」
「目的は?」
「田代君が肝試ししようって…、日付が変わる前なら平気だろうっていうから!」
「それで、平気だと思ったってわけか。馬鹿じゃねぇの」
ラヴィアンの容赦のない言葉に、女子生徒は悲鳴にも似た悲痛な声をあげ泣き始めた、周りの人間は視線を落とす。
この年頃の子供なら誰であろうと持つだろうその好奇心に見事に貶められたわけだ。
行方不明になった田代は、このクラスで誰よりも怪奇現象や超常現象に興味関心があった方だと思う。そんな人間は、危機感がない人間としっかりと境界線を弁える人間の二手に分かれるが彼は前者だったようだ。
呆れる話だと雅大は思う。世間一般的にはそういう現象は夜に起こるものだと言われているが、実際には関係ない。昼間だろうが夜間だろうが奴らは潜んでいる。
「分かった。帰ってから調査隊に聞いてみるから」
「あ、あぁ。お前がいれば心強いな!」
「但し、どんな状態でも文句言わないのなら。教えてあげれるよ全てを」
「……な」
人間は、信じられないを受け入れられない。それが例え事実だとしても。
受け入れないなら未だしもそれを嘘だと否定し、攻撃する。妖魔よりも厄介な生き物だと実感させられる。雅大は付き添いだったがそういった場面に多く直面してきた。
遺体として見つかった時、五体満足で見つかればいいが多くは欠損していることが多く、それは直視できるものではない。頭部がない者、下半身、上半身のみ見つかり返されたとき、親族はまず疑う。そして否定する。
例え、五体満足で帰れたとしてもその人間は、どこかおかしくて危うい。まともな状態には”戻れない”。超えていはいけない境界線を越えた代償は重く、一人の人間の器には収まらない。
「期待しないで待ってて」
「……分かった」
雅大は、項垂れてしまった男子生徒の隣を通り過ぎ自分の席に座る。
目の前にはいつも、笑顔で挨拶をしてくれた人物がいた、今日は居ない。きっともうその笑顔に迎えられることは二度と、ない。
「もっと、話してればよかったな…」
ポツリと呟いた声は、始業のチャイムにかき消され誰にも聞こえなかった。
終業のチャイムが鳴り、生徒たちは各々の放課後になる。この後に部活がある者、アルバイトに向かう者、朝の雰囲気はどこへやらと言ったくらいに賑やかだ。
「雅大」
「なに」
「頼んだからな」
「分かってるよ」
「俺は、ちゃんと受け止める。どんな結果になっても」
「そう」
男子生徒の瞳は少し揺れている。雅大はその視線を剝がすように鞄を持って教室を出る。教室を出た時、廊下には見慣れた人物が立っていた。縁だ。
「先輩」
「お疲れ、雅大。少しいいか」
「はい。構いません」
「助かるよ」
縁に連れられて、校舎を出る。既に空は夕暮れに近づいてきていた。特に話すこともないがあまり誰にも聞かれたくないのか学校の生徒がまばらになった時、縁が口を開いた。
「生徒が若干数だが、減っている。それだけじゃない、教師も数人いなくなっている。連絡が取れないそうだ」
「そうみたいですね。俺のクラスでも一人行方不明みたいです」
「だが、昨日はどこにも次元の歪みは生じていない」
「それは、妖魔の仕業ってことですか」
「そうなるね。こう一気に消えるってなると少し急がないといけないかもしれない」
「このままでは、妖魔に乗っ取られかねないってことですね」
「あぁ。それとこれはまだ確証はないことだが、少しおかしなことがあってな。それを調べるためにこれから花園家に行こうと思っているんだが、キミに付いてきてほしい」
「はい。俺も丁度用があったので」
頷いた二人は、急いで花園家に向かった。花園家は山の中腹にあり、里見家とは結構近い。
チャイムを鳴らすと中から女中の老婆が出てきて、雅大に深々と頭を下げる。いとはいるかと尋ねると、中にいるとのことだったので二人は屋敷内に入る。女中の案内で屋敷内を進む。気配を完全に消しているのか縁が鬼だという事には気付いていない様だった。そのおかげでいとの部屋に難なく辿り着くことが出来た。
女中の声掛けに、いとの声が返ってくる。開かれた扉の先にいとはいた。戦闘用の正装に身を包んだいとは勇ましく見える。部屋は資料が山のように積まれていた。壁にはコルクボードいっぱいに写真やメモのような紙が貼られている。
「ごめんね、ちょっと待って。これだけ纏めたいの」
そう言ったいとの表情は、切羽詰まっているようだった。丁度調査から帰ったのか少しだが妖気が染みついている。洗い流す暇がなかったのか、それほどまでに調査に進展があったのか、いとだけでなく、屋敷内全体が忙しない。
「どうしたの」
「マサ。この子知ってる?」
手渡された紙は、細かく何やら文章が書かれていてその右上にクリップで写真が挟まれている。それは、行方不明になった田代の写真だった。
顔を上げた雅大にいとは少し戸惑った様子を見せる。
「行方不明者リストに載っていた子だった。昨日の晩に警察が来てこの資料を置いていって私たちは不明になった時間を確認してまだ間に合うと思って早朝に出発した。協会がある場所に近い森があるでしょ?彼、そこに彷徨うかのように歩いていたから保護した。きっと手遅れだと思う、気を付けてみて。何かがおかしいはずだから」
雅大は頷く。いとは少し安堵したようだった、しかし表情はまだ曇っている。
「あと、これはもしもだけれど。その子が駄目なら楽にしてあげて、それをマサ、アンタに任せる」
「……」
「雅大」
縁にも衝撃的だったのか、後ろから縁が心配する声が聞こえた。同時に田代の笑顔が脳裏に焼き付く。雅大は、「分かった」と一言答えた。覚悟はできているのだから。あとは実行に移せるかどうかだ、雅大だって分かっている。一人一人に割ける時間も要員も足りない。
「それと、本当に人手が足りないの…雅大、風桜寺先輩。力を貸してもらえませんか」
「それは構わない。こちらも確認したいことがあってきた」
「助かります。雅大もありがとね」
「ううん。平気だよ」
二人は、夜遅くまでいとの作業に付き合った。
深夜には、外に出ている人間が居ないか手分けして探した。偶然、外を徘徊していた吸血鬼も捕まえて、雅大は陸と空に分かれて行方不明者の捜索に当たった。
「上空異常ナーシ」
「やる気のない声だな…」
「文句言うんじゃねぇよ、こっちのほうがリスク高ぇだろ」
「そうだけど…」
「あ?どした」
「いや、そういえばこの先の森で、田代が見つかったって」
「へぇ、良かったじゃねぇの」
「うん…でも協会なんてあったんだ」
「……帰んぞ」
「え、ちょ、引っ張るなって浮いてる!」
協会には仄かな明かりが付いている。だが、雅大には協会が何時建ったのか記憶にはない。そもそもそこはだいぶ前から廃墟が立ち並んでいて、悪戯が多発していた為に立ち入りが禁止になっていた所だ。
雅大は結局、ラヴィアンの浮遊に巻き込まれ空の旅をさせられている。
「あそこにはあんまり近づくなよ」
「え?なんで」
「なんでもいいから」
「わ、分かった」
いつものふざけたような口調でなく、真剣な物言いに圧倒され雅大は頷く。
協会というからには、宗派の違いはあるのだからあまり関わることは無いとは思うが危険ではないと思っていた雅大は首を傾げる。
しばらくすると、集合場所である里見家の神社が見えてきた。鳥居の前で下ろされた雅大は、再び空に舞い上がったラヴィアンが鳥居の上で協会のほうを見つめていることに気付く。
「やっと、見つけたぜ…”アリア”」
「(アリア…?)」
「マサ!ラヴィアン!お疲れ様、どうだった?」
「何もなかったよ」
「そう、じゃああとは先輩だけね」
確認を取ったいとは、雅大と共に境内に入っていく。
その時、ラヴィアンはいまだ協会のほうを見つめているばかりだった。
炎が揺らめき、透明感のある金の髪が反射する。
少女は、十字架を手に祈る。月明かりが、ステンドグラスを通して少女を照らし出す。その瞳は月の光に似た色をしていてどこか空虚だ。
「きっと裁きは下されましょう」
その言葉に、誰も答えない。
祈りの祭壇には、人影が二つ。白い羽を広げた麗しの少年。そして愁いに満ちた表情で黒い翼を寄せ眠る少女。どちらもこの世のものではないのだろう。
炎は揺らぎ、それは静かに消えた。
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