第3話
雅大たちは外に出ると、ピンと張り詰めた感覚が肌を伝って震わせる。
空気も大地も緊張しているのか微振動が感じられる。雅大は傍らに立ついとと視線を躱す。ただ一つの頷きの後、後ろでこの現状を傍観するかのように立つラヴィアンが「来るぞ」と一言雅大に掛ける。
近づいてくる度に、感じる震え。大地が怯えている。
「おや、これは歓迎されていますね」
「…!」
「こんばんは、お邪魔しますよ」
現れたのは、昼間に会ったばかりの黒縁眼鏡に隠れた黄金の瞳が特徴的な男。
明らかに、人ではない。最早隠すつもりもないのか、その気配は重く気を抜けば足が崩れその場に平伏すほどの威厳を感じさせる。表情は余裕さを微笑みで醸し出していて、邪気もない。だが、存在感はそれを隠さない。
「な…なんなの…この覇気」
「隠す気がないのか、面白れぇ」
「おや…申し訳ない。これでも抑えてはいるつもりですが…耐えられなかったようですね」
その言葉にハッとしたいとは、周りを見回す。背後に控えていたはずの警備隊の黒子たちが全員気を失いその場に倒れ込んでいる。
これでも実力者を控えさせていた、それほどまでの威力。立っているだけでその存在を畏怖で平伏させる。逆らうことなど許さないとでも言うように。
只者ではない。瞬間的に構える二人に、縁が動く。
「待て待て、構えを解いてくれないか。こちらから攻撃するつもりは一切ないんだ…この人についてはこちらが悪いが、仕方がない事なんだ」
「どういうことです」
縁は、溜息を吐いて横目で微笑む男を睨む。敵意は一切感じないがこの威圧感に気を緩ませるわけにはいかない。雅大は構えを解く正直意識を保つことで精一杯だった。
今までに感じたことのない威圧感に恐怖心が逆撫でされた気がして不快感で気分が悪い。
「アンタも、いい加減にしろ。神は人間に対してそこまで威圧的になるものなのか」
「ふふ。いや可愛らしい子供がいたものでつい、揶揄いたくなりまして…いや許してくださいね…。もし、そなたは乍二郎の倅か?にしては幼いな」
「俺は、孫です」
「孫…よく似ているようにも思うが…ふむ。父は存命か?」
「……」
男の言葉に、雅大は動揺する。一瞬の迷いはあったものの首を振る。
男はその返答に手にしていた扇子を広げ口元を隠して、ただ黙って雅大を見据える。
「おかしいですな…まぁいいでしょう。乍二郎の孫。そなたが現当主か?」
「それは…」
「久しいな。犬月よ」
「おや、存命でしたか。乍二郎」
「まだ、この地位を譲れぬのでな。さっさと継いでくれればいいものだがそうもいかぬ」
「ふむ…これは事情がありそうな…。まぁいいでしょう、今日は少し挨拶にと伺ったまで。乍二郎、今宵は長酒に付きおうてくれますな?」
「ガハハハッ、良い。丁度退屈しておったところじゃ」
「話が早くて助かりますよ…本当、変わりないな」
突然現れた、乍二郎に身動き取れずにいた雅大はただ二人が屋敷に入るまでその場に立ち尽くした。不意に肩に手が置かれる、下に落ちていた視線を上げるとそこには縁の困ったような顔があった。
「悪かったな、急に驚いたろう。あの人も別に悪気があったわけじゃない許してやってくれ」
「あの先輩。あの方は一体…」
半放心状態の雅大に代わって、いとが縁に問い掛ける。
「あの人は、土地神に近い人だよ。獣の長とも言うけれど、この地に根付いてもう何百年と経つんじゃないかな」
「何百年…」
「悪い神じゃない。人を導き、富と土地を分け与えた立派な神様だよ」
「そんな方が、お爺様に一体何の用ですか」
「そうカッカするな。それをお前らにも教えるために私も来たんだ。
その前に、私の正体を明かしておかないといけないな」
そう言った縁の周りに、風が集まりだす。とぐろを巻いた風は縁を包むように吹き一瞬で四散した。そしてそこには、あの神様と同じような豪華な着物に身を包んだ縁の姿があった。
黒縁眼鏡はそのままだが、短髪だった後ろ髪は伸び風に靡いている。そして何よりも目が惹かれたのは、黄金に輝く瞳の少し上にある額に現れた二本の角。
その姿はまるで…。
「鬼」
「正解だ」
「てことは、アンタも神なのか?」
「いや、違う。私はそんな立派なものじゃない」
「じゃあ、その存在感はなんだ」
「私は、現鬼界の頂点に立つ方を守護する者だ。一応それなりの地位にある…かな」
「…ふーん」
納得していないような口調のラヴィアンに、縁は苦笑する。縁は再び姿を元に戻した。普段の様は、普通の人間に思えるが一度あの姿を見てからだとにわかに信じられない。
「擬態が上手いんですね」
「褒めているのか、それは」
「褒めていますよ、こちらの目を欺くだなんて」
「好戦的なのは、キミのほうか…」
いとの、遺憾にも似た表情に追い詰められるような縁は人間に近いように思う。
雅大は思わず、吸血鬼であるラヴィアンを見比べる。ラヴィアンも今は人間に近い恰好をしてはいるが、爪や容姿は明らかに浮世離れしていると実感する。それでも、実際の格好だとまた違って見えるのだろうか、そう思案しているとラヴィアンと目が合う。
「見てぇか」
「え?」
「本当の姿ってやつをさぁ」
「…興味はあるけど、ラヴィアンが良いなら…」
「煮え切らなねぇ態度だな…」
「ご、ごめん」
「あんま期待すんなよ」
ラヴィアンは、雅大と少し距離を取ると目を瞑る。すると、瞬く間にラヴィアンの格好が変わる。それはまるで魔法のような煌めきを纏って、ラヴィアンは一瞬で吸血鬼の姿になる。
髪の色と、瞳の色は一層に輝きを増して、髪はロングになり無造作に一つに纏められた髪は線が細いのか束感はあまりない。まるで金の糸のようで見惚れてしまう。
「あんまじろじろ見んな」
「ごめん、すごく綺麗だから」
「はあ?キッショ」
「あ、ははは」
「素直じゃない吸血鬼ね」
「うぜぇよ女ぁ」
「やはり、吸血鬼だったのか。しかも貴族クラスとは…」
物珍しいものを見たような様子の縁に気付いたラヴィアンは舌打ちをする。すぐに姿が元の状態に戻る。
やはり、二人とも雰囲気が変わるな。と暢気なことを考えていた雅大にいとが手を叩く。
「それで、なんでここに来たんですか」
忘れていた。
いまここには三つの勢力が集結している、それは絶対にないことだ。そもそも日本の妖怪と西洋の妖魔が混ざり合う事自体が異例だ。
敵に回すと人間では太刀打ちが出来ない人物が揃った今、その理由を聞かなければならない。それが、もしかしたら今起きているこの町の異常現象に関わることかもしれない。
「いま、この町にはいくつかの次元の歪みが生じているのは知っているか?」
来た。その言葉を待っていたかのように特にいとが身を乗り出す。
最前線で動いているのは、いとの家系の花園家だ。その話は聞いておきたいところだろう、そして噂にあった縁が関わっているのかどうかもいとには気がかりだった。
もし関わっているとしたら、今ここでいとは彼を退治しないといけない。
人間を守る立場にある、人間として。
「それに関して、我々鬼の世界にも影響が出ている。それの調査の為に私は現世に渡り、そしてあの学校に潜伏していた。まさか陰陽の人間がいるとは思っても居なかったが、催眠術がしっかりと聞いていて安心したよ」
「催眠術?」
「あぁ、私がここに来たのはつい最近のことだよ。だからそれを誤魔化すために学校の人間全てに催眠を掛けていた。あたかも元から在籍していた生徒と思わせる催眠を掛けた。まんまと引っ掛かってくれたみたいで安心した」
「嘘…」
「はは、それが本当なんだよな。まぁそんなことは置いておいて本題だ。
次元が歪んでいるせいでいまこの町に起きている事件を知っているか?」
「人が行方不明になっていること?」
「それもそうだな、それを人は神隠しと呼ぶだろう。鬼の世界にも迷い込んできた人間がこれまでに何度も報告はされているがここ最近数が多くてな。帰してやりたくても、こちらの時間とあちら側では流れが違う。戻ったとしても五体満足で帰れるか人間でいられるかすら保証がない。だから、私は鬼頭の命でここに来た。その歪みを突き止め対象の処罰、及び人間がこれ以上の干渉を絶つ為に、次元の歪みを正す為にな」
ここ最近で報告に上がっている行方不明者は、既に百を超えている。幼い子供が特に多いが、近年では仕事から帰る途中に急にいなくなった大人や、学校からの帰宅途中に突然姿を消した者もいるという報告も多数上がっていて、それが急に浮き彫りになるくらいの量で、いま陰陽界はその者たちの捜索にも人を割いている為、常に人手不足だ。そして昨晩のワルプルギスの夜で妖魔が一層に力を付け、昼夜問わずに人を襲い始めている。
普通の人間では目視が出来ない出来事故に、警察はこの件を陰陽師に依頼し、現に花園家はその件に関わっている。何としても該当者を一刻も早く家族の元に帰さなくては時間があまりにも足りない。
いとは、一向に進まない調査に焦りを覚えていた。このままでは人間は妖魔に呑まれる。
「表情を見れば言いたいことは分かる。街中に妖魔が溢れている。私も見かけて処してはいるが、何分数が多すぎる」
「このままじゃ、不安に駆られた人間が飲まれてしまう」
「そうだ。いつしかここが無法地帯になるのも遅くはない」
「でも…っ!」
「焦るな。確かに、キリがない出来事で焦る気持ちは分かる。だが、原因が必ずあるはずだ、そこを見つけなければいけない」
いとは、視線を落としてしまう。
『原因』それは一体何なのか、調査はいまだに難航したまま動きを見せない。ただ祓って祓い続けないといけないのは、陰陽師や巫女らにも荷が重い。自身の身の危険が付き物の仕事はいつだって人手不足で、猫の手でも借りたいほどだというのに。そこにこの三大勢力がこの地に降り立つことなど、誰も想像が出来なかった。
余計に大地が震え、妖魔がパニックを起こしている。
「止めないといけない」
「そうだ。だから私は古い友人を辿りここに辿り着いた」
「どういうことですか」
注がれる視線は重く、雅大は思わず構える。雅大には”力”がない、祖父のような、父のような力がない。はずなんだ。
離すことを許さない重い視線。緊張が走る。
「力を貸してほしい」
「俺たちに何が出来るというのですか」
「キミたちは、祓い退治を繰り返し生きてきた。それが仕事だろう」
「ですが、いまその力は不足している。寧ろ押されているのはこちらのほうだ」
「打ち勝つことが出来るはずだ。キミの力なら」
「俺には!……できません」
「失礼します」そう言って雅大は足早にその場から逃げ出した。
その後を、追いかけようとしたいとの腕をラヴィアンが引き留める。
「そっとしておいてやれ。あれには無理だ」
「そんなことない!マサはっ…あの子はただ、恐れているだけで」
「…花園いと。あの子は何故あそこまで戦いを…拒む?」
「そ…れは」
口籠るいとに、ラヴィアンは掴んでいた手を放す。
「おかしいんだよ。ここに来てからそれをひしひしと感じてんだこっちは。何故、あの時雅大を見てあの神は、倅だと思った。此処には他にも人間が居ただろう。
残ってんだよ、巧妙に隠そうとしても無駄だ、血の臭いは誤魔化せねぇ」
「ここの空気は澄んでいる…それは確かに山からの贈り物だろう。でも、結界が一度破られそこを繋ぎ直している。そして…ここには確かに血の臭気が残っている。年月は経っているが、力の痕跡は消せていない」
「……それは」
「ここで、死んでんだろ。あいつの父親か?ちげぇなでも、血縁者だ」
図星だったのか、いとの顔色がみるみる変わっていく。明らかに動揺をしているその表情に、二人は一歩意図に歩み寄る。
「違う。兄よ、雅大の兄はここで、あの子の目の前で妖魔に喰われた」
いとの震える声に乗せられた言葉に、衝撃が走る。
意図の言葉にラヴィアンはおおよその原因を理解した。彼が、妖魔に恐れを抱かない理由、その割に戦いを拒む理由。武器を持たない陰陽師。現代の退治人にしては軽装で、鍛えられた形跡のない体躯は脆く壊れそうで、それなのに、身の内に宿す力は何よりも強く輝いているというのに。
全く宝の持ち腐れだと、呆れる。そう思うとラヴィアンの体の底から笑いが込み上げてくる。
「ク、ハハハハハ」
「何がおかしい」
「いやぁ?いいねぇこうでないと、面白くねぇ」
「そこは、私も同意だ」
「ハハ、いいねぇ。やろうぜ退魔っていうやつ」
「なにを勝手に」
「アンタにも協力してもらうぜ、花園いと」
嫌な笑みが二つ、いとを捉えて離さない。冷や汗が額に溢れ出す。
面倒なのだ、妖魔はそうやって人の心をいたぶる、何度も経験してきたはずなのに。何故かこの人たちは違うのではないかとそう思ってしまった。
後悔してもいい、罪を背負うのだとしてもいとは、雅大に戻ってきてほしいと思っている。逃げないでほしいと、ずっとそう思っている。だから、これは好機であるそう思えた。
「言っておくけど、そっちもちゃんと協力、するんでしょうね?」
「当たり前だろ」
「では、頼むぞ」
「利害の一致てことね」
「しつこいぞ女ぁ」
「祓うわよ吸血鬼」
「あ?」
「落ち着け…全く先が思いやられるな…」
協力すると言ったばかりなのに、いがみ合う二人に縁は二人を引き剝がす。
それでも、心残りは消えない。違和感はまだ消えなかった。
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