末(さいごのれんげき)

選択を間違えた。

逃げる事が出来ないと思ったから、相手を無力化する方向に動いてしまった。

そんな考えに至ったのは、俺が怪異だろうと勝てると思ったからか。


心の底では、まだ、怪異と呼ばれる存在に忌避を覚えて無かったのか。

…いや、違う。俺は、恐怖を消してしまったんだ。

人間が抱く恐怖を消してしまった。だから恐怖から生まれる危険性に気づかなかったんだ。


それが失敗だった。

俺の積み重ねた忘却が、俺自身の首を絞めていたらしい。

体中から滴る血液。

それを止めるには、空いた穴を止めるしかないが、如何せん、穴の量が多すぎる。

極めて、重傷だ。


このまま、死んでしまうだろう。

そう確信出来る程に、俺の体は綻んでいた。


「ふ、ぐッ…」


『寄生宿主、破壊破滅、怪異消滅、小生勝利』


意味の分からない言葉を面々と並べやがって…。

体を起こす、どうせ死ぬ。この怪異に無惨に殺されて死ぬ。

それでいいさ。俺が招いた失敗の代償が死ぬ事なら、喜んで受け入れてやる。


だけど、タダでは死なない。

死をありのまま受け入れるが、生ある限り、俺は最後まで、自分自身を遵守する。


指を一本立てる。

一発、喰らっちまったからな。


「一発、は、一発…だッ」


最後に、コイツにもう一発返して死ぬ事にする。

忘却を発動、俺の肉体から発生する痛みを忘れる。

痛覚を遮断した状態で俺は地面を蹴る。


地面で俺の血の暖かさで溶けた血。

その血を踏み抜いて、高く跳躍すると共に体を翻す。


『一蹴一発、甘受一撃、再度反撃ッ!』


槍を構える。

その構えは俺の攻撃を受け入れようとしていた。

俺の攻撃は効かないと分かっているのだろう。

その認識を利用する。足を、奴の体に当てずに振り切る。

足元から流れる血が、飛沫となって飛び、その甲冑の顔面、目元に掛ける。


『ぬ、ぅッ』


目を潰す。

数秒、もしくは一秒にも満たない行動制限を与える。


その上で、俺は蹴る。

一撃。奴の首筋に向けて攻撃。

視覚を奪われた甲冑は体を左右に揺らした。

視覚が奪われた状態で強い衝撃を受けたので、態勢が崩れたのだ。


荒い息を吐く。

一発は一発…けど、テメェはその一発で、俺の体を串刺しにしやがった。

更に俺は掌を開いて懐に掌打を繰り出す。打撃ではなく衝撃を中心とした一撃。これを受けた事で痛みに関わらず甲冑はくの字に体を折り曲げる。


「くたばれ」


意識が薄れる。

俺の体は後ろに向きながら倒れそうになる。

渾身の力を振り絞り、脚力に集中して、奴の顔面に向けてつま先から蹴りを味合わせた。

そして俺は倒れる。これで限界だった。


「か、はッ…」


やれることはやった。

ここで俺は死ぬが、充足を得ている。

そして、俺は此処で、死ぬ。

死ぬ事に恐怖は無い…俺は、あの大自然で死を超越したのだ。

だから…死ぬのは怖くなかった…けど。


「ダメダメ、まだ死んじゃあ、殺さしてあげないんだからねぇ」


ピンクのメッシュカラーを持つ、零戸が俺の顔を覗き込んでいた。


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