鎧(かいい)


一突き。

槍を此方に向ける怪異。

その刺突に俺は紙一重で避ける。

串刺しにする一撃は、俺が思考加速しても、ギリギリで避ける他無かった程に速いッ。


「なんだ、クソッ!」


えらく好戦的じゃないか、この怪異はッ。

俺は既に、命を失われる位置に立っている事を理解して踵を返そうとした。


『殺傷人面、絶対殺傷、必死殺傷ッ!!』


殺傷殺傷うるせぇなッ。

俺は、この怪異に背を向ける事は危険だと思った。

だから、地面を蹴ってその怪異から離れていく手段に移る。


「命のやり取りか、それが好きなら上等だッ」


地面を蹴ると同時に俺は中指でこめかみを押す。

脳の制限を解除する。

人間の肉体は普段はセーブされている。

そのセーブされている力を解き放つ事が出来るのは、自身の脳だ。


だから俺は、脳が掛ける肉体の制限を解除した。

これにより、俺は通常の人間よりも、より強力な力を宿す事が出来る。

尤も、これを使用すると、肉体が軋んで、最悪骨折か、筋肉線断裂を引き起こす可能性があるから、無闇に使用する事は出来ないのだが。

今は、命のやり取りをしている。そんな女々しい事を考えて死ぬなんざ、末代までの恥だろう。


『距離不意』


俺が距離を取ったのに、甲冑の男は地面に向けて刺突をする。

すると棒高跳びをする様に、甲冑の男は飛んだ。

そして槍を月に届くまで天に掲げると、それを俺に向けて叩き落とす。


意識は未だに加速している。

攻撃を避けると共に俺は甲冑に対して有効な手を考える。

この場合、相手が武器を所持していて、自身が素手である事も考慮する。


殴打技は自身の拳を痛めつける為に有効ではない。

張り手、発勁、衝撃を与える様な、功夫が有効か。

いや、一撃を与えても、反撃が来る可能性がある。


ならば、相手が反撃出来ない位置で攻め続ける。

それは遠距離、投擲をすると言う手もあるが、周囲は雪で覆われていて、投擲に適したものが見当たらない。


『刺突一瞬、死滅一生』


槍を構えて、刺突を繰り出す。

俺は攻撃を回避すると共に、奴の後ろに回り込んだ。


手はある。更に言えば、相手の得物が槍だからこそ、出来る手が打てる。

俺は背後に回り、奴の首に手を添えて力の限り首を絞める。


防具服を着込む相手には、締め技が有効だ。

防護しながら戦場に出ると言う以上、立ち回りの為に関節部分を手薄にしなければならない。

首回り、肘や膝、肩や太腿の付け根辺りは特に薄く、鎖帷子で守る他ない時もある。

だからこそ、相手に密着する締め技が有効だ。

何よりも、相手の得物は槍だ。中距離範囲での攻撃ならば無敵だろうが、超近距離になってしまうと、槍はただの枝でしかない。


『ぅ、ぐッの、ッぉ!』


効いてる効いてる、このまま失神しちまえ。

そう思った、この戦いは勝てると思った。

だが、違う。相手は、人間ではない。

締め技は、人間が相手であれば有効だ。

だが、その男は、人の形をしているが、人間ではないのだ。


俺は、体に突き刺さる痛みに疑問を浮かべた。

甲冑の隙間から、幾多の剣が噴出していた、俺はその切っ先に貫かれたのだ。

奴は、人間ではない。怪異だ。


『ぅ、ふ、ぅ…小生怪異、怪異名称、『一騎傾国』』


血が流れる、俺は、息をするのもやっとだった。

このまま、意識が、途絶えそうに、なる。

此処で、俺が、死ぬ…らしい…、これが、終わり、だと…。




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