掃(そうじ)

馬鹿共に時間を食ってしまった。

17時31分。一分程時間が過ぎてしまった。


「はぁ…はぁ…此処か」


俺は一軒家の前に立つ。

この家で掃除をする様に、と瑞美さんが言っていた。

インターフォンを押す。ピンポン、と軽快な音が鳴る。

しかし、数十秒待っても誰も出てこない。


「…まさか、時間にルーズな奴は帰れって事か?」


帰りたいのは山々だが、此処で帰れば瑞美さんに何て言われるか分かったもんじゃない。

再度、インターフォンを押して見る。

すると、今度は反応した様子で、ととと、と階段を下る音が聞こえて来た。


「あ、ども…」


一軒家から出て来たのは、眼鏡を装着した銀髪の女だった。

髪の毛は一房に纏められていて、動きやすいのか冬なのにシャツ一枚。

ズボンなどは履いて無く、色気のないベージュ色のパンツがちらちらと見えている。

彼女の手にはサポーターの様なものが装着されていて、指先は真っ黒に染まっていた。


「…えぇと、掃除屋、さんですか…随分と若いです、ね?」


「…ども、俺は敬基冬児です。仕事なんで、掃除しに来ました」


軽く会釈をする。

それに合わせる様に、彼女も頭を下げた。


「どうも…私は、阿良波々岐あらはばき客人まろうどです…」


あらはばきまろうど?

外国の人か?いや、響きからそうだとは思うが、アラハバキと言えば神の名前であり、客人とは他世界から来た存在、まれびとの別名だ。


「あ…すいません、ペンネームです。本名は真鯉まごいいこと申します」


「ペンネーム…?」


ペンネームって、漫画家とかが本名じゃなくて別名義で名乗る、アレか?


「はい…あ、今はもう完結してて、フリーですけど…」


「…もしかして、職業は…」


俺は、その女性、真鯉さんの名前を聞く。

アラハバキ。俺はマンガはあまり見ないから名前を聞いてもピンと来なかった。


「はい…漫画家です。あ…元ですけど」


元・漫画家。

前までは漫画家だったが、今では違うと、彼女は言っている。


「漫画家、ですか…じゃあ、仕事に入りますね」


「あ…お願いします」


正直、興味が無い。

彼女が何を書いているのかと言うのは、全然知らないし、知らなくても良い。

そういう職業をしているから、自分では掃除をする機会がない。

そんな情報だけ分かっていれば十分だった。


俺は家に入ると、早速掃除の準備を始めるのだった。


「それでは…お願いします…私は、自室に、こもるので」


「はい…終わり次第、もう一度呼ばせて貰います」


そう言って、自室に入る許可を得て、俺は掃除機を持って一軒家を駆けるのだった。

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